恋愛まんがが平凡な女子を主役にするのは抑圧から開放されているから

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恋愛まんが、少女まんがというものを読んだことはあるでしょうか?


一般に、平均的な私たちの感覚では、恋愛まんがは思春期の小中学生、せいぜい高校生・大学生ぐらいが読むものとして捉えられ、同時に、大人になって恋愛まんがを読んでいると、「程度が低い」と思われることが往々にしてあります。


ところで、その恋愛 まんがですがなぜ主人公には、平凡な女子が多いのか。考えたことはあるでしょうか。


同じように平凡な読者が感情移入できるため?
マスをターゲットとしているから?


それもあるかもしれません。


しかし、恋愛まんがはそれ以上にさまざまなことを教えてくれるので、現代を生きる教科書として、また人生の導きとして読む価値があるんです。けっして、「程度が低い」人が読むものではないのです。

物語とミラーニューロン

「コカインを使い始めるまでは、ジョアンは優等生でした」


恋愛まんがの話に使う例文ではないかもしれませんが、『#HOOKED(フックド) つい買ってしまった、のうらにあるマーケティングの技術』という本に挙げられたこの文章は非常に惹きつけられます。


なぜなら、物語になっているからです。


この文章を「コカインを使用した若者の50%が学校を中退する」という数値の入った文章と、さらに数値+物語形式のとき、どちらも含まないときの4パターンで比較した際、物語形式で数値を示したときにもっとも説得力が高かったという調査があると、同著では紹介されています。*1


そして、私たちの脳は、他者が何かをしていても、自分が体験したかのような反応を示すことがわかっています。
1980年代に発見されたこの脳の仕組みは「ミラーニューロン」と呼ばれ、20世紀後半に発見されたもののうちもっとも重要な人間の仕組みのひとつだとすらいわれるのです。


この脳の仕組みは、物語でも同じような反応を示すことがわかっています。
読書量が多ければ多いほど、人の気持ちが理解できるようになるのはそのためです。


古くからある物語のギリシア神話や聖書や古事記に代表されるように、物語からこそ、私達は多くを学び、戒めを得ます。それは脳科学的にもしっかりとした根拠があるものなのです。

物語とは抑圧である

一方で、個人が背負う物語は、抑圧の裏返しになっていることがあります。
思春期の頃から、物語を背負っている友人はいました。


たとえば、


「弁護士の両親から『医者・歯医者・弁護士以外の職業は認められない』といわれて育った」
という同級生がいました。


私は地元でも有数のお嬢様学校を卒業しているのですが、そのなかでもトップクラスのお金持ちであり、上流階級の子女の友人でした。


彼女はとにかく自分の人生を物語化しており、つねにドラマチックに生きていました。


・「将来はアナウンサーになりたかったけど、厳格な父が認めてくれないので、歯科医になるべく歯学部に進学した」という話

・ 「双子で生まれ、もうひとりはずっと病院にいて17歳のときに死んでしまった。知っているのは両親と末っ子の自分だけ」という話

・「既婚者の助教授が口説いてきたので断ったら、『俺を振った女ははじめてだ』という遺書を残して死んでしまった」という話

・「死んだ助教授は学長の娘と結婚しており、葬儀で奥さんにビンタされた」という話

・ 「歯学部内でスキャンダルを起こしたので同級生がみな去っていき、話す相手がいないので扇風機に向かって声を出している」という話


彼女が私に話して聞かせた身の上話は無限にあります。
今となってはどこまで本当かわかりませんが、とにかく物語形式になっているのです。


物語は、たしかに魅力的です。現に、この話を聞いて20年経ったいまでも、私は彼女の身の上話をこうして覚えているぐらいですから。


そして、物語を語ってくれる友達は彼女だけではありません。
それこそ、思春期の自意識過剰も相まって、無限に話はでてきます。


しかし、これらはすべて抑圧です。魅力的な物語に思えても、本人にとっては重圧であり、ときに心の病を招くことすらあります。


恋愛面でも、彼女たちはそうした物語に惹かれる異性と付き合いますから、ドロドロの恋愛をしています。
それはそれで、生きている実感はあることでしょう。しかし、大抵は悲劇に終わります。

抑圧からの解放が恋愛まんがの主人公

一方で、そうした物語を持たないかわりに幸せになっている女友達もいます。


たわいないおしゃべりが好きで、大人との確執もとくになく、普通に落ち込んで普通に喜んで、物語に生きていないのです。


普通な、あまりに普通な女友達で、存在感はないかもしれませんが、とても魅力的で友人としては健全で最高です。


そして、恋愛まんがの主人公は、読者の健全な成長と恋愛観を育む絶好のテキストですから、抑圧から解放されていなければならないのです。


恋愛まんがにおいて、恋のライバルは物語=抑圧にとらわれているパターンが多くなっています。
美男美女であっても、親との確執があったり、過去があったり、何かしらを背負っているのです。


しかしどの恋愛まんがの物語をみても、最終的にはは、抑圧に生きる人たちは、 “平凡な少女”に惹かれ、許し、憧れます。


そのあたりを理解すると、恋愛まんがからは学びが非常に多くあり、同時に、人生の導きとしての教養的側面が浮かび上がってきます。


仮に男性が読んでも、大人の男性が読んでも、得られるものはとても多くあるのではないでしょうか。

最高の恋愛まんが

物語における抑圧と解放を取り扱った最高の恋愛まんがは、藤原よしこ先生の『恋したがりのブルー』です。


これは男2女2の四角関係を描いた話なのですが、主人公以外はみんな何かしら背負っています。
親との確執があるイケメン、家庭不和の美少女、そして彼らとの三角関係で悩んだ少年らの中学時代を経て、主人公は突如としてその物語の渦中に投げ込まれます。*2


何もない平凡な少女。しかし、だからこそ自己中心的でも悲劇に酔うのでもなく、他者を思いやり人の幸せと自分の幸せのせめぎあいに悩む主人公に、誰もが惹かれていくのです。


なぜイケメンも美少女もチャラ男も、すべてが主人公に惹かれていくのか。
それは彼女が抑圧から解放されたその軽やかさにこそ、という話です。非常に興味深いのでぜひご一読ください。

まとめ

昨今は多様性が言われ、恋愛まんがの主人公を取り巻く環境も非常にバラエティ豊かになっています。


とくに多いのが複雑な家庭環境です。ひと昔前なら、死や片親や再婚はそれこそ抑圧の象徴として、物語をドラマに仕立てる大道具の役割を果たしていました。


しかし最近ではそれらも平凡な日常のひとつとして、物語に組み込まれている傾向が多いように思えます。


恋愛まんがの主人公は、突出した能力があるわけでも、とびきりの美貌があるわけでもなく、なのに皆に愛されます。
それをマンガ独特のご都合主義、だから程度が低い、と切り捨てるのは簡単です。


それでも多くの少女が(少年も)が、恋愛まんがを通り過ぎ、思春期を経て大人になっていきます。


男性は誰もが少年時代を過ごしますが、少女時代を過ごすことはできません。
でも、恋愛まんがからは一定の学びがありますので、ぜひ他者理解のためにも、一度読んでみてはいかがでしょうか。


*1『#HOOKED フックト つい買ってしまったの裏にある、マーケティングの技術』パトリック・ファーガン p160
*2『恋したがりのブルー』全6巻 藤原よしこ


書き手;名もなきライター
プロフィール:ライター歴5年。恋愛経験は乏しいが、なぜか無職になってから最高の男性とマッチングし(たつもり)、毎日幸せに暮らしている(はず)
ツイッター:https://twitter.com/writer_noname 
ブログ:https://www.kazinc.org/

<Photo:Siora Photography>


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