情弱ビジネスの世界では、頭が悪くて、誠実な知人は、ただカモにされるだけだった。

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村上春樹風に表現すれば、レオは凡庸さがコーヒーのシミのように染み付いた男だった。
私はレオを見ていると、村上春樹の小説に登場する「いるかホテルの支配人」を思い浮かべずにはいられない。
いるかホテルの支配人とは、こんな男だ。

この男は見るからに、何をやってもまずうまくは行かないというタイプだった。そういうタイプのまさに標本みたいな男だった。まるで淡い青インクの溶液に一日漬けておいてから引っ張り上げたみたいに、彼の存在は隅から隅までに失敗と退廃と挫折の影が染み付いていた。ガラスの箱に入れて、学校の理科室に置いておきたくなるような男だった。「何をやっても上手くいかない男」という札をつけて。

「ダンス・ダンス・ダンス」村上春樹・講談社)

レオと私はとあるビジネスセミナーで知り合った。
私が友人の紹介で参加したそのセミナーは、いわゆる情弱をカモる系高額セミナーで、およそ真っ当なものではない。


セミナーの主催者であり講師でもある男は元保険の営業マン。
見た目が良く弁舌さわやかな彼がセッティングしたセミナー会場は、景観の良いちょっと高級なビジネスホテルの会議室で、集められた参加者はコンサルティング会社の若き経営者(実は赤字経営で金融機関から多額の運転資金を借りたばかり)と、名の知れた中堅私立大の准教授(実は不動産投資に失敗し破産間際の多重債務者)、そして務めていた会社をリストラされたばかりのレオと、離婚したばかりの私。


人生の起死回生をたくらむ訳ありな人物が集まっており、アガサ・クリスティーの小説ならここから連続殺人事件が始まりそうな顔ぶれだ。


そのセミナーで、私とレオは講師から同格の扱いを受けていた。
なぜなら二人とも「無職」だったから。


当時の私には社会的に通用する肩書きが何もなかった。
この時点ではまだブログも書き始めておらず、それどころかブログというものについての知識さえ無かったのだが、もしも当時「最高月間PV40万越えのブログを運営しています」と言えていたなら、講師は目の色変えて私を厚遇したに違いない。


その講師は相手が自分にとって利用価値がある人間か否かで分かりやすく態度を変えたため、私とレオはそうとはっきり分かるほどぞんざいな扱いを受けた。


しかし、この対応は誤りだ。
情弱ビジネスでは底辺の人間ほど支配しやすく金を吐き出させやすいのだから、あの場ではレオと私のような人間にこそ彼は目を掛けるべきだった。


無職の人間を相手にせず金と権威を持っていそうな人物の太鼓持ちをするのは保険営業時代の癖が抜けていなかったのだろうか。
保険営業の現場では優秀だったらしいが、この程度のことが分からないようでは情弱ビジネスには向いてない。


案の定人気が出ることはなく、数年にわたりその講師の動向を観察していたが、やがて彼の考案したセミナーも彼自身も消えてしまった。


その講師がおだてていたコンサル会社経営者は、学こそ無いが押し出しのいい派手な男で、後に私はこいつに引っ張られホステスよろしくヤクザの茶会の席に座る羽目になったのだが、それはまた別の話だ。


講師がしきりに機嫌をとっていた大学准教授にも私は世話になった。
アルバイト代をもらう約束でしばらく彼のゴーストライターを務めたが、実は借金まみれで金が無いとライティング料は踏み倒された。


どの大学のどの年度かは言えないが、私が書いた文章がその准教授の名で大学のパンフレットに載ったのもいい思い出だったと今では言える。そして、それもまた別の話だ。レオの話に戻ろう。


レオという名は本名ではない。私が勝手にレオと命名した。腹に力の入らない喋り方が森本レオにそっくりだったからだ。


同じ無職でも名刺すら持たなかった私と違い、レオは名刺だけは準備していた。
「Webマーケッター」と書かれていたが、不思議な肩書からは何をしている人なのかさっぱり分からない。


詳しく聞いてみると、パソコン教室の講師として働くかたわらブログを書き、アフィリエイトで月5万円ほどの副収入を得ていたそうだ。


務めていた会社では50歳を過ぎた社員がリストラ対象となり、レオはアフィリエイトで月に5万円ほど自力で稼げるようになっていたことで「この道で生きていけるのでは」と自信を持ち、上司に勧められるまま早期退職制度に応募して退職したまでは良かったが、その後アフィリエイトは上手くいかなくなり収入は無くなってしまったらしい。


そこで目指したのがアフィリエイター経験を活かしたコンサルタント業とセミナー講師というわけで、そのノウハウ吸収のために参加していた。


当時の私はブログというものについての知識さえろくにないのだから、当然アフィリエイトとは何のことなのかアフィリエイトサイトがどういうものなのかも分からなかったが、レオの目標が間違っていることだけはすぐに分かった。


「僕はネットを使った集客のプロとして、中小企業の社長や商店主など小さな店舗経営者に寄り添う親身で丁寧なコンサルティングをしたいと思ってるんだ」


と、レオは熱く語ったが、いくら零細とは言え仮にも企業経営者や店舗経営者が、事業を起こした経験も店舗運営の経験もない元パソコン講師のアドバイスを受けたいと思うだろうか?中小企業経営者をバカにし過ぎじゃないのかというのが率直な感想だ。


「僕はWebで集客するためのライティングが得意。サイト訪問者にアフィリエイトリンクを踏ませる文章を書いてきたから、集客につながるコピーを考えられるのが僕の強み」


彼の言う通りなら、どうしてアフィリエイトサイト運営は上手くいかなくなったのだろう。
こうして対面で話をしていても、レオの話し方は要領が悪かった。


こちらが注意深く耳を傾けていてさえ、要点が分かりにくいのだ。
いくら話術の才と文才は違うと言えども、これほど話の要領が悪いとあっては他人の心を貫くキャッチィなコピーが書けるとはとても信じられない。


私はそれとなく「あなたにもっと向いている仕事が他にあるように思う」と繰り返し伝えてみたが、レオは納得しなかった。


WebライティングとWebマーケティングの優れたスキルが自分にはあると自信を持っており、その自信のよりどころは「以前参加した『強み発掘セミナー』でそう言われたから」らしかった。


一見優柔不断そうなのに、「僕はコンサルタントになるべきなんだ」とあくまで主張するレオの頑固さに根負けして、と言うより正確には嫌気がさして、私は彼とそれ以上話をするのを止めてしまった。


セミナー終了後顔を見る機会はもう無かったがSNSでは繋がっていたため、本人と話をしなくてもレオの動向はいつでも追うことができた。


彼は宣言通りにコンサルタントとして活動を始め、集客のため手始めにブログを書きSNSに投稿していたが、どこにでも書いてあるような内容の要領を得ない文章にいいねが付くことはなかった。



自らを講師とする「もう集客に困らないコピーライティング」セミナーの告知も目にしたが、予想通り参加希望者は現れず、集客に困った挙句1000円まで料金を下げて、ようやく一人捕まえている有様だった。


レオの読者不在ブログはしばらくして閉鎖されたが、その代わり若作りして修正をかけたプロフィール写真を大きく飾った新しいサイトが作り直された。


めげることなくライティングセミナーはコツコツと主催し続けたようで、累計の受講人数カウンターが80人を超えているのを目にした時には「大したものじゃないか。私がレオをみくびり過ぎたのか」と感心したのも束の間、セミナー受講料が500円まで下がっているのに気づいて哀しくなった。


新しいサイトは5ヶ月ほどブログや活動実績がまめに更新されていたが、やがて更新は間遠になり、遂にはぴくりとも動かなくなった。コンサルタントとしてのレオは死んだのだ。


レオが今何をしているのかは知らない。
夢破れても、いや破れたからこそ自分を知り、身の丈を知り、堅実に生きていて欲しいと思う。
レオは何をやっても上手くいかない人かもしれないが、いい人なのは確かだから。


実績がないなら経歴を詐称しなければ顧客(カモ)が引っかからない世界で、プロフィールには馬鹿正直に高卒で専門学校中退であることや、一つの仕事が長続きせず転職を繰り返していたことまで書いている。彼が彼なりに世界に向かって誠実であろうとした証拠だ。


ただ、情弱ビジネスの世界において誠実さは金に結びつかない。
頭の回転が鈍いレオは、自分が踏み込もうとした業界(ゲーム)のルールに気づかず、恐らくは本気で世の中をより良くしようと志を持ってチャレンジし、その結果他のセミナー講師(詐欺師)たちの養分となり自らは埋もれてしまった。


けれど、レオのように他人を上手く欺くことのできないプレイヤー(人間)の方が、人としては真っ当で上等に違いないのだ。


Author:マダムユキ
ネットウォッチャー。月間PV30万のブログ「Flat 9 〜マダムユキの部屋」管理人。
リンク:http://flat9.blog.jp/

<Photo:Austin Distel

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