ポジティブこそイイ男の絶対条件!

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
最新情報をお届けします。

いい男とか格好いい男になりたいと努力をしていた20代。
その時は、結構真面目に挑戦したり悩んだりしたものです。
今考えると表面的な事象に振り回され本質的なものが全く見えていなかったのかも知れません。


「若さゆえの過ち・・・。」


多分、みなさんも多かれ少なかれ経験があるかと思います。
今日は、そんな経験も踏まえて少しだけ自分の事を語ってみたいと思います。

仕事は順調だったがなんとも張りのない生活が続く毎日

普通のサラリーマンとして就職し仕事をしていた20代。
この年頃は、やたらと周りが良く見えたりするものです。


僕も例外ではなく、やはり同じように通勤している人たちを見て
「みんな、充実した生活をしているんだろうなぁ~」
なんて、勝手に想像をしたりしていました。


そういう自分はどうだったのか?
特に何も無い毎日で順調といえば順調でした。


当時は給料も着実に昇給していましたし、仕事もある程度覚えて仕事も任されたりと着々と成長をしていたと思います。
でも、「つまらない」そんな言葉がピッタリと合うような生活でした。

あるきっかけで自分で考えるようになった事

その頃は、時代変化が比較的大きかった平成初期です。あるきっかけが、少し自分に変化のきっかけをもたらしました。
Windows95の発売でした。※僕はそんな年齢です。


当時勤めていた会社は、それ程大きな会社ではありませんでした。
取引先の過去の資料を閲覧しようとするとファイリングされた資料の中から探し出さなくてはいけないのです。


それぞれ整理されていて必要な事案の時期が解らないと、もうお手上げだったりします。
最悪は全量チェックです。これだけで消費時間が物凄いことになります。
新人の頃は、1つ何かをやろうとしても何から始めればいいのか解らないレベルでした。


でも、当時はそれが当たり前でした。
そんな時代背景の中、Windows95というものが大きな話題となっていました。
「テレビや雑誌ではパソコンが時代を変える!」と大騒ぎです。


僕も気にはなっていたのでパソコン関連の書籍を買い漁り色々と勉強しました。
勉強と言っても「パソコンで何が出来るのか?」という事を調べていました。
その中で僕の目に留まったのが「データベース」というものでした。


データベースとは?何やら様々な情報をほぼ無尽蔵に保管・管理出来るシステムとの事。
しかも、欲しい情報は「検索」という機能で瞬時に引っ張り出せるとか・・・。


こんな夢のようなものが本当にあるのか?と僕は小躍りしながらも少しだけ疑っていました。
そして、僕は決心してPCを初めて買いました。


忘れもしません。富士通のデスクトップPCで当時は30万位しました。
今だと、この位の値段だと動画編集用のフルスペックが買えちゃいますよね。
でも、当時は本当にこの位しました。


しかも、パソコンを買って初めて覚えたのがWordではなくExcelでもなくAccessでした。
WordやExcelは有名ですけどAccessって知らない人も多いかもしれませんね。


AccessとはMicroSoft社のソフトですが、データベース作成用のソフトなんです。
一応、MicroSoft Officeの一員なんですよ!


パソコンを買って最初に覚えたソフトがAccessっていうのはかなり少数派かもしれませんがそのくらいデータベースというものに興味を持ったのです。


試行錯誤しながらデータベースの勉強をしていましたが、勉強していてわかった事がありました。
データベースを作るには、会社全体の仕事が理解出来なければ仕事の流れが解らないという事。
今までのような「自分の仕事」だけを見つめていてはデータベースを設計する事は出来ないという事です。

自分の変化に伴う周りの変化

それからは、少し仕事を見る目や関わり方に変化が出てきました。
仕事の全てにおいて、より深く掘り下げる癖もつきました。
そうすると、仕事面でも上司や社長から更に信頼をされるようになっていきました。


そしてデータベース作成の勉強もある程度進み大まかに設計・製作の出来る目処が自分の中で立ちました。
そこで、僕は社長に直談判をして機器の購入等に予算を割いてもらえるように話をしました。


当時、社長も気にしていた分野ではあったのですが、システム会社やソフトハウスに見積もり依頼をすると結構な見積もりが出てきて、今の売上だとちょっと予算を確保するのが難しくどうしたもんかと考えていたという事でした。


僕はデータベースの構築案を併せた企画書を作り、これを基に改めて社長に話をしました。
「これが本当に実現可能なら会社には大きなメリットになるから予算は何とかしよう。」
と社長は応じてくれました。

やり甲斐と達成感

予算を貰い僕は早速取り掛かりました。
この期間だけは、他の仕事をしながらもデータベースの構築を優先することを許されました。
計画としては、インターフェイスをAccessで作成してSQLserverにデータを格納するというものでした。


今思えば、パソコン初心者の僕がなんで出来ると思ったんだろう・・・と。当時の「若さ」を尊敬するしかありません。
しかし、逆に言えば失敗のリスクをリスクと感じないポジティブさこそ強さの秘訣であったのではないかとも思っています。


さて、順調に構築出来たのか?と言われれば、かなり苦戦しました。当たり前ですよね。
Accessは自分で購入して色々と勉強をしていましたが、実はSQLserverを使うのは、これが初めてだったんです。


無謀というか勘違いというか、時に無茶するのが「若さ」の特権です!
試行錯誤を続けてデータベースは完成しました。そして、「情報のデータベース化」が会社の流れを大きく変える事になりました。


僕の会社では、社内で作業機械を設置して製造する工程が一部だけあったのですが、それも連結させてしまおうという流れになったのです。作業のアナログからデジタルへの融合です。
特殊な出力機なども必要で結果サーバーも3台程追加で必要になり結構大掛かりになりました。



結果、予算は数千万まで膨れました。これは特殊な出力機器に関するところが大きかったからです。
事務フロアと製作フロアをネットワークで接続してそれぞれのサーバーが役割分担をする格好になりました。


僕自身、データベース構築にあたって心掛けていた事が1つだけありました。
それは、「これを使って仕事をするのは自分では無い」ということです。
要するに、仕事するのは社員全員であって特定の人間ではないので全員が使い易く解り易いものを構築する!という大前提でした。


このデータベースの最大の利点は、誰もが同等に情報の共有が出来るという点です。
なので、特殊な能力を持った一部の人間が使いこなすものではなく万人が使えるシステムを構築するというのを目標にしていました。
ですからインターフェースのデザインや配列は特にこだわりました。


ボタンの位置ひとつでも「普通」を目指しました。どんなソフトでも「普通ココにあるだろ!」というソフト上での普遍的な普通です。
ボタンの位置や操作した後の動作など普通に予測が出来る動きをしないと慣れていない人は戸惑ってしまいます。


検索にしても同じです。一度の検索で必要としている情報にアクセス出来るかどうか。
操作に手間が掛かるのはNGです。あくまでも簡単に!ということです。この経験は後に大きく役立ちました。
僕は結果的に、非常に多くの仕事に対して、俯瞰に見る力を身に着ける事が出来ました。

データベースを中心とした仕事への変化と僕の立ち位置

こうしてデータベースは無事完成し、ネットワークで繋がった情報は社員全員で共有するという目標も達成できました。社内での仕事の流れも劇的に変化しました。


まず、仕事の中心がデータベースであること。
今では、当たり前の事ですが、当時は当たり前ではありませんでした。


なので新人は仕事を覚えるまでは本当にしんどい思いをしましたが、データベースが中心になる事で使い方さえ覚えれば必要な情報に簡単にアクセス出来るようになりました。
全てに於いて効率が良くなり、仕事の生産性は格段に上がりました。


僕はというと、当然、このデータベース化を主導した人間なので会社の中心へと異動していきました。
製作フロアでの指導や事務・経理フロアでの指導など様々。時には、情報の拾い方や情報の使い方を営業に説明して有効活用もしてもらいました。


顧客からの電話対応は事務の女の子が中心だったのですが、顧客からの問い合わせの度に確認して折り返しというやり方でした。
データベース導入後は、電話口で確認出来てしまう事も増えレスポンスが非常に良くなりました。
顧客の評判も上がり売上も順調でした。


そんな折に、ある上場企業から取引をしたい旨の問い合わせが入りました。
僕の会社は少しだけ特殊な商品を取り扱っていたので競合にあまり大きな会社がありません。
取引先も数多くありましたが、やはり上場していた会社はありませんでした。


上場企業から直接取引の問い合わせは、チャンスにしか思えませんでした。
僕は担当させてもらい、直接交渉をしました。


今まで取引をしていた会社とは大きく違い、形式などの手続き事項が非常に多く、会社の信用性・信頼性を非常に気にしていました。
僕は、先方の担当者を自社に招き仕事についての概要と現状の環境を見せながら説明をしました。


先方が気にしていたのは、安定供給が出来るかどうかと対応力。
それと会社の健全性(財務)でした。
この時に一番好印象を与えたのが、やはりデータベースでの一元管理でした。
これが決め手となり直接取引を開始する事となりました。


また、後日先方の役員数名が視察したいと申し入れてきたので案内することになりました。
この規模の会社でここまでデータベース管理が出来ているのは凄いと褒めてもらえました。


この会社と取引をすることが出来るようになり売上も更に伸び、そしてこの取引を聞きつけて別の会社からの問い合わせも増えて売上は順調でした。


しかし、この取引に際してウチの社長から1つだけ言われた事がありました。
1つの顧客からの1割を超える売上は注意!2割を超えると危険!3割を超えると奴隷化と言う事でした。


この会社と取引を始めれば、見込みで1割を超えてしまう可能性があります。
僕は、営業と話しをしてとにかく他の顧客の売上アップと新規の開拓をお願いしました。


この時代はバブル崩壊後、景気減退が止まらずに先の見えない時代でもありました。
僕の会社と同規模の会社はバタバタと倒産や廃業となりました。


情報化の失敗なのか原因は解りませんが時代についこれなかったのだろうと考えています。
社内では、いつの間にか僕はスーパーマンのように全てに網羅し係わるようになっていました。


そして、僕に2人の可愛い部下も出来ていました。
2人とも女の子でしたが、とても頑張ってついて来てくれていました。
時には、2人を連れて仕事帰りにご飯を食べに行ったりカラオケに行ったりと何か充実している感じでした。


この頃には少し自分にも自信がついて来たので先輩らしく振舞えたと思っています。
彼女達から見ると、尊敬できる格好いい上司に見えていたようです。


この子達はお互いに、やたらと抜け駆けしようとして2人でご飯に行こうと積極的でしたが僕は必ず3人一緒に行動していました。
この2人を見ていると可愛くて凄く愛らしいなと感じていました。


それと、この頃僕は社長にかなり気に入られていたようです。
頻繁に飲みに連れて行かれるようになりました。
僕は下戸なので、同伴以外は一生こんな高そうなクラブには出入りしないんだろうな~なんて考えながら毎回ついて行っていました。


ママや席に着いた女性に
「こいつはさ、良く出来たやつだよ!素直だし。俺の次にイイ男だ!」
と毎回酔っ払って同じ事を言っていました。内心は気に掛けてもらっていることが凄く嬉しかったことを覚えています。


あとは、ママや席についている女性に「社長のお気に入り」という事で何割り増しかで優しくしてもらえるメリットもありました。この時僕は30歳になっていました。


周りが凄く良く見えて羨ましかった20代。
何をやってもつまらなかった20代。


凄く格好良さに憧れたり、イイ男になりたいと背伸びしてみたりしていた気がします。
30歳になり自分を見つめたとき20代の自分が懐かしく思えました。
「なんか、いろいろ間違ってたなぁ~」
そう思いました。


僕の場合は、1つの切っ掛けから、考えるようになり行動するようになり仕事に対して自信を持つ事が出来るようになりました。


1ついえるのは、能動的な行動こそ新しい道への第一歩なのです。
能動的な行動がポジティブな思考につながり、人はより魅力的に見えるのです。


僕が考えるネガティブな思考とは、全てが「言い訳」なのです。
これでは、魅力は半減どころか全く魅力的ではありません。


自分に自信が無いからネガティブになってしまう・・・。僕もそう思いますし僕自身がそうだったのだと思います。
だからこそ、能動的な行動が必要なのです。


僕は今でも現役です。
今でも能動的に常に新しい事に挑戦しています。


失敗するときもありますが、失敗したら次頑張ろう!とモチベーションを上げて頑張っています。
挑戦することに年齢は関係ありません。常に自分次第です。


僕は死ぬまで歳相応に格好良くありたいと思っています。


ゆき
いろいろな経験を経て明日へ向かって頑張るWebライター

<Photo:Cata>


この記事が気に入ったら、Twitterアカウントをフォローしませんか?
 「モテる男になるため」の有益な情報が毎日届きます。

Twitterアカウント▶https://twitter.com/LB_Media_
LIFE BOOSTER(「モテる男になるため」の有益な情報が毎日届きます。モテる(生き方)、恋愛、出世、ファッション、趣味・遊びについて発信。)

Translate »