ホリエモンの名言どおり「恥をかいた分だけ自由になれた」私の話

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「恥をかいた分だけ自由になれる」。
これは、堀江貴文さんの著書『多動力』に書かれていた言葉です。


私は恥をかくことをとても恐れていた人間です。
別に何か特別なものを背負っているわけでもないのに、恥をかくことが怖くて怖くて仕方ありませんでした。

人前で歌うことが死ぬほど嫌だった

これはおとなしい性格の私が営業マンをしていたときのことです。
まだその会社を辞めてから10年も経っていませんが、営業マンはノリが命という古い体質の会社にいました。


私がいた営業部は当時売上が好調で、浮かれた部署のメンバー6人は、毎週のように仕事終わりにカラオケに行っていました。


私はコミュ障でしたが仕事ではコミュ障なりの戦い方をしており、営業成績はそこまで悪くありませんでした。
そのため、仕事は好きだったのですが、この「仲間と行くカラオケ」だけは、本当に本当に恐怖でした。


苦手意識を持つ理由は2つあって、1つは、小学生の頃の音楽の時間、みんなの前で一人で歌うトレーニグをさせられた経験からです。


引っ込み思案な子供だったので、私は恥ずかしさのあまり教室から走って逃げ出し、教室にいた先生や他の生徒たちを呆れさせてしまいました。
それ以降、歌おうとすると「自分はダメな人間だ」という気持ちが湧き上がってしまうのです。
 

もう1つの理由は、大学に入ったばかりの頃、サークルの歓迎会に連れられて行ったカラオケで、サークルの先輩がX JAPANの「紅」を音程を外しながら全力で歌って気絶した場面がトラウマになってしまっていたからです。


当時、シャウトする系の音楽をよく知りませんでしたし、こんなに激しく歌う人を目の前で見たことがなく、音程も外しまくりだったので、もはや何が正しいメロディかもわからず、ただただ衝撃でした。
そのうえ呼吸困難で倒れるとか意味がわからなかったので、理解不能な恐怖がありました。


その出来事は怖かったですが、人の個性は尊重しているので、先輩のことをかっこ悪いとか、恥ずかしいという風には思っていませんでした。


あくまでも、「こんな価値のない私」をさらけ出すことを恥と認識していただけでした。
そして私にとって「歌う」こととは、自分を表現することで、恥以外の何ものでもありませんでした。


職場の話に戻りますが、カラオケでは歌いたい人が歌えばいいし、私はずっと拍手係でよかったのですが、K Y上司は私に歌うことを強要してきます。


今であれば完全にパワハラです。
こんなに分かりやすく嫌そうにしている私に「歌え」と言うなんて、こいつ本当にK Yだなと思いました。


最初は断っていたのですが、徐々に断りきれない空気になり、基本は努力が嫌いな私ですが、恥をかかないためなら歌の練習をしてやると決意しました。
音程が取れていればきっと注目もされず、いじられることもなく、スルーしてもらえるだろうと思い、家でコソコソ自主トレをしていました。


選曲も大事です。
人に自分の世界を見せたくないので、自分の好きな曲など絶対歌いたくありません。


そのためカラオケに行くメンツの年代に合わせ、キャンディーズ、ピンクレディー、岩崎宏美、高橋真梨子、谷村新司、郷ひろみ、三年目の浮気などを猛特訓することにしました。


…ところが、いざ勇気を出して歌をお披露目したら、K Y上司から「お前、おじさんに媚びるなよ。
好きな歌、歌え。つまらないぞ」と言われてしまったのです。

上司の言葉にショックを受け、血迷って音楽教室に通い始める

傷ついた私は、なぜか音楽教室の門を叩いていました。


ピアノ1台での、マンツーマンレッスンです。
先生は年下で可愛くとても美人で、私は今でも先生のことが大好きです。


最初は腹式呼吸で歌えなさすぎて、ピアノを両手で持ち上げながら(持ち上がらないけど)踏んばって歌ってみるという謎のレッスンもしました。
唇と舌をブルブルするやつ(リップロールとタングトリルという)もさんざん練習しました。


なんとか腹から声を出せるようにはなったのですが、タングトリルは結局できず、平日仕事終わりのレッスンだったので月末は疲労でレッスンを中断してしまったり、思うようには進みませんでした。


そろそろ本格的に歌の練習に入ることになったとき、私は先生に「前向きになれる曲を課題曲にしてください…!」とリクエストしました。


すると先生は、『アナと雪の女王』の挿入歌「レット・イット・ゴー 〜ありのままで〜 」を選んでくださいました。
孤独な雪の女王エルサが、否定していた自分の個性を受け入れていく曲です。


高音と低音の幅がちょっと広めの曲らしいのですが、私の声の音域なら歌えるとのこと。
レッスンの遅れを取り戻すため、「スパルタでお願いします!」と言ったところ、真面目な先生は、本当にスパルタ指導をしてくれました。


「最初は暗い感じで!エルサは絶望しているんですよ!」「ここからハイッ、希望を持ち始める!表情明るく!目をキラキラさせてっ!演劇と一緒です!」と、想像以上に熱い指導でした。


この曲を歌ったことがある人はわかると思いますが、後半、呼吸困難に陥ります。
声を張りっぱなしでつらいわ、途中から前向き風に歌うのが恥ずかしいわで、もうなんだかしんどくて嫌になってきたのですが、あるときふと、「恥ずかしい恥ずかしいって私、いったい何を守っているんだろう?」と疑問に思い始めたのです。

恥を捨てるため、セリフ入りの夢見る少女の曲を猛練習

ある日、私は勇気を出して先生に言いました。
「私は自分の中にあるよくわからない恥を捨てたいです。
私にとっては難しい、高い表現力が求められる曲をお願いします!」と。


先生が選んできた曲は、ディズニー『リトルマーメイド』の「パート・オブ・ユア・ワールド」という私の知らない曲でした。


聴いてみると、主人公の16歳の人魚アリエルが地上の世界を夢見て歌うかわいらしい曲で、なんとセリフが3箇所も入っています。


まさかセリフ入りとは…。さすが先生だと思いました。
コミュ障でも一応営業として男らしく戦っている私に、セリフ入りの「夢見る少女」の曲をあてがうとは。


そもそも私はミュージカルが苦手で、「突然歌い出すとか意味不明」と思っているタモリさんと同じ種類の人間です。
いろんな拒絶反応が出ましたが、「自分で決めたことだし、この曲は本気でやるしかない!」と腹をくくって向き合いました。


しかし、やはりセリフ部分で苦戦しました。
3つのセリフの中でアリエルが、何に使うかわからない地上のもの(栓抜き20本)を、これは自分の宝物なんだと友人の魚に言うセリフがありまして、それが私には最も難関でした。


「ねぇこれ欲しい?20個もあるの。」…一見なんてことないセリフなのですが、実際歌ってみると、最後の「の。」の処理がすごく難しいのです。
この部分に、アリエルの倍近くの年月を生きてきた、私の人生の年輪が出てしまうのです。


指導がスパルタ化した先生から、「熟女っぽくなってますよ!!アリエルは少女ですよ!」「もっとキャピっとしてください!」「歌詞の最後にすべて小さい“っ”が入るくらいときめいて跳ねてる感じで歌ってください!!」と言われ続け、はや2ヶ月。


私はいったい何をしているんだ…と思いつつも、練習の成果が出はじめ、セリフは棒気味でしたが、先生の前ではだんだんこの歌を歌う恥ずかしさがなくなってきたのです。
開き直りの境地に近いものがありました。


職場の仲間とのカラオケで、この虎の子の「パート・オブ・ユア・ワールド」をお披露目するまでの間は、「愛の水中花」や「ルビーの指輪」や「木綿のハンカチーフ」や「失恋レストラン」や「年下の男の子」などの定番の歌謡曲でお茶を濁していました。


今思えば、恥ずかしがり屋のわりに「失恋レストラン」のサビ「ネェ、マスター!」をいい感じに哀愁漂わせて歌えていましたし、「年下の男の子」のサビを振り付けありで歌えるようになっていたのもなかなかハイレベルだったと思いますが、「歌謡曲は自分の世界じゃない、これは仕事だ」と割り切っていたので、心を無にして歌えていました。


「三年目の浮気」に至っては、K Y上司の方が恥ずかしがって歌えない始末です。
仕方ないので私は男役・女役でトーンを変えひとりデュエットをかますなどして、音楽教室で磨いた表現力を惜しみなく発揮しつつありました(それに実は内心、昭和歌謡の魅力にハマりつつありました)。


…そしていよいよ、「パート・オブ・ユア・ワールド」を初披露することを決意した日が来たのです。

恥をかいたその先にあるもの

ものすごく恥ずかしくて怖くて、マイクを握る手と脚がガクガク震えましたが、今やこの曲が一番愛着がありますし、「もうどうにでもなれ!」と思って歌いました。


「よく見て〜♪素敵ね〜♪これでもっと完璧♪なんでも持ってる、私は、すべて〜♪まわり中、取り囲む、なんてたくさんの宝物♪陸にあるもの、全部、手に入れた〜♪」…もちろん、陸にあるもの全部なんて手に入れられっこありません。


手に入れたと思ってときめいている、無邪気な16歳のかわいいアリエルなのです。
セリフは棒のままでしたが、私は今できる限りの表現力で歌いきりました。


これまで70〜80年代の昭和歌謡という鎧を着て身を守っていた私でしたが、初めて90年代の曲を歌い(それでも古いですが…)、自分の懐を見せたことで、上司たちは沸いて盛り上がり、その一方で「この人どうしちゃったんだ」と少し引いている女性社員もいましたが、私にとってそんなことは、どうでもいいことでした。


承認されたり、褒められたりしたかったわけではないのです。
他人の視点を意識しすぎている自分が嫌で、無用な恥を捨てるため、自分にとって最も恥ずかしい難曲を思いっきり歌って自分を解放したかっただけ。自由になりたかっただけなのです。


よく考えたら別に下手でもいいわけで、先生とあんな熱いスパルタ特訓までしなくてもよかったのですが、音楽教室に行っていなかったらきっとこの「パート・オブ・ユア・ワールド」という名曲には出会えていなかったし、先生から勇気ももらえていなかったので、なかなか自分を出せない私にとっては意味があったのだと思います。


こうして自分をさらけ出したことで分かったことは、恥を自分からかきにいくのは、意外と清々しいということでした。


ホリエモンの言うとおり、他人なんてそこまで私という人間に興味がありません。
人から笑われても、後ろ指をさされても、人はすぐ忘れるし、それで自分の行動を制限するのはもったいないことです。


この曲は生涯で極めたい一曲となり、あれから数年経った今でも、飽きずにワンカラで死ぬほど歌い込んできているので、昔はセリフも棒で下手でしたが、今やけっこう演技力が上がり、アリエルの「ため息」が入るところまできっちり歌い切って、自分で言いますがだいぶ上達してしまいました。
客観的事実を述べると、ジョイサウンドのカラオケランキングで全国30位以内に食い込む勢いです。


たまに人前でこの曲を歌うことがありますが、一見おとなしそうな私が顔芸までして明るく堂々とひとりミュージカルするギャップは面白いらしく、この曲を歌ったあと一部の人間から妙に好かれることがあります。


これは自由の副産物であると言えます。
「他人にどう見られるだろう?」と気にしているときは行動が制限されて自由がないし、せっかくの個性が隠されてしまって、きっと印象に残らない人になってしまうのでしょう。


一方、自分をさらけ出している人は、個性がダイレクトに出るので、ハマる人にはハマるのですね。
自分でビジネスをしている人は、応援してくれる人を増やすことが大事ですから、恥を捨てて自由に行動し、仲間を増やした方が良いのではないかと思います。


X JAPANの「紅」をヘタクソに歌って気絶した先輩の印象は強烈だったし、私にトラウマを作った張本人で、みんな他人にそこまで興味ないと言いつつも、先輩のことだけはどうにも忘れられなかったけれど、あそこまで自分をさらけ出せる先輩は、ある意味すごいんじゃないか?と今では思っています。
ホリエモンとともに、「お前、自由に生きろよ?」と語りかけてくれている気さえするのです。

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東海林 あかね
大学卒業後、対人恐怖症を克服して営業職や管理職を経験したのち、独立してフリーのライターになる。

Photo by Andrija Radojevic on Unsplash

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