都会の有名大から地方のFラン大に流れた大学教授の話〜古くてあたらしい仕事〜

私が田嶋(仮名)のゴーストライターを引き受けたのは、頼まれたからではない。
私が自分で申し出たのだ。
動機は、彼の書く文章が「クソ」と強調したくなるほどつまらなかったから。


田嶋は、例のうさんくさいビジネスセミナーで知り合った中堅私立大の准教授だった。
セミナー初日の夜、田嶋は知り合ったその日のうちに「読んで欲しい」と私に何通ものメッセージを送りつけてきた。


メッセージのリンク先にあったのは、田嶋個人のHP上のブログであったり、取り組んでいる研究テーマについてのフィールドワーク報告書や、出版予定の書籍の下書きだ。


田嶋が何故私に目をつけたのか、どのような意図でそれらのメッセージを送ってきたのかは分からなかったが、当時の私は社会経験の乏しい無職のシングルマザーだ。


田嶋が持つ博士号と知名度の高い大学の准教授という肩書きの権威は、社会的にはゼロに等しいどころかマイナスでさえある私の目には立派に映った。


権威を前に判断力が鈍くなり、「大学の先生が書いたもの」の価値が分からない。
「きっと何か立派なことが書いてあるのだろう」というバイアスがかかり、内容が頭に入ってこないのは、私の頭脳の偏差値が彼に及ばないからだと卑屈に解釈してしまう。


田嶋の書く文章は10行も進まないうちに読む気が失せる代物だったが、書いた本人に感想を求められて「つまらなくて目が滑るので内容も理解できません」とは答えにくい。


そこで、


「そうねぇ。先生はもう少し読者のことを考えて、読ませ方を工夫してみればいいんじゃないかしら」


と返事をし、私は試しに彼の実務的なフィールドワーク報告書の内容にストーリー性を持たせ、小説のように読みやすく書き直して送り返した。


すると、「すごいよ!鳥肌が立った!」という返事をもらい、気を良くした私は彼のゴーストライターになることを申し出たのだ。
それが何かのきっかけになると信じて。


私にとってその仕事はさほど難しくなかった。
田嶋から受け取った下敷きとなる原稿と資料をベースに、表現や構成を変えたり、文章を足したり引いたりしながらつまらない報告書やエッセイを引き込まれる物語に変身させていく作業にはやり甲斐も感じることができた。


こんなことを自分で言うのは不遜だが、私にはゴーストの才能があったと思う。


人は誰しも自分のことは見えなくとも、他人のことならば見えるものだ。
自分の文章に客観性は持てないが、他人の書いたものなら足りないものや過剰な箇所が目についた。
そして、どこをどう書き換えれば読み手の心に刺さる文章に変身するかが分かるのだ。


報酬については口約束に過ぎなかったが、私はまさか大学の先生ともあろう人が不実な真似をするなどとは疑っていなかった。


確かに私はライターとして素人だが、リライトは労働だ。
自分の文章が売れるとは考えていなくても、労働には対価を払ってもらえるものだと考えていた。


しかし、実はその時田嶋には一文の余裕もなかった。
不動産投資に失敗し、借金で首が回らなくなっていたのだ。


田嶋は独身だったが、別れた妻子に慰謝料と養育費の支払い義務があり、奨学金の返済もまだ終えていなかった。


給与収入だけではこの先もずっと余裕のある生活ができないと考え、不動産投資に手を出していた。
地銀の不動産投資への過剰融資問題が表面化する少し前の話である。


名の知れた大学の准教授という肩書がかえって災いしたのだろう。
銀行からは返済能力を大きく超えた額を借り入れることができてしまい、彼は地獄の一丁目に立った。


田嶋は手始めに、立地の良い3LDKの中古マンションを購入し、次に郊外にある中古の一軒家を購入した。
この2つの物件を貸し出して家賃収入を得る計画だったのだか、計画は出だしから躓いた。


仕事を通じて知り合い交際を始めた女性と、最初に購入したマンションで同棲を始めてしまったのだ。
家賃収入を得るはずが、自分で住むのだから単にマイホームのローンを抱えただけである。


中古の一軒家は立地が悪く十分なリフォームもしていなかった為、最初の入居者が短期間で出て行った後はまるで借り手がつかなかった。
オーナーが手入れをしない荒んだ物件に入居希望者が現れないのは当然の成り行きだ。


奨学金の返済、元妻子への慰謝料と養育費の支払いに加え、2つの投資物件のローンに固定資産税の支払いまで加わったことで、生活費も足りなくなった田島はクレジットカードのリボ払いとキャッシングに頼るようになる。


やがてカードが限度額に達して使えなくなると、消費者金融のキャッシングで現金を引き出すようになった。


この時点で、最早自分がどこからいくら借りているのか、負債総額はいくらなのかも分からなくなっていたに違いない。


つくづく不思議なのだが、生活もままならないような貧困状態にある人間ほど次から次へと「自己投資」だと高額セミナーを梯子する。
経済的な大逆転を夢見て負ける方へと何度でも大金を賭けて懲りないのだ。


私は田嶋と知り合ったセミナーを途中で見限り返金請求をしたが、田嶋は講師に分割払いを頼み込んでまで受講し、役に立たない修了証と認定講師の資格を得ていた。
どうやらそれまでにも他にいくつものセミナーを受講していたらしい。


1千万単位で負債のある人間にとっては、数十万単位で損失が増えることなど誤差の範囲内なのだろうか。
しかし、1万2万の支払いには卑しかった。


田嶋が仕事を頼んでおいて報酬を払おうとしなかった相手は私一人ではなかったのだ。
同時期に複数の人間が彼に仕事を頼まれ、報酬については曖昧なまま引き伸ばされるか、かかった経費を請求した途端に連絡が取れなくなっていた。


借金と嘘はセットだ。
自身の不心得のために借金をする人間は必ず嘘をつく。


先ず借金を隠すために嘘をつき、進退窮まって白状を迫られれば借入金を少なく報告することで嘘をつき、借入先を偽ることでも嘘をつく。


そうした嘘の辻褄を合わせるためには次から次へと嘘を重ねる必要があり、やがて息を吐くように嘘が出てくるようになり、終いには嘘をなんとも思わなくなるのだ。
そういう人間を一般的にクズと呼ぶ。


「僕の原案を元にゆきちゃんが文章を書いて、二人の共著として本を出そう」


という言葉の餌にまんまと釣られ、私はせっせと渡される原稿のリライトに励んだ。
その中には田嶋が勤める大学の学生募集用パンフレットに掲載予定の原稿もあった。


しかし、次第に田嶋からの連絡は間遠になり、幾つもの約束は果たされないままに放置されてしまった。


しばらく連絡のなかった田嶋から、切羽詰まったメールが届いたのは最後のやりとりから2ヶ月ほど経った頃だっただろうか。
いきなり400万必要だと言われて面食らった。


聞けば、彼は大学の女子学生からセクハラで訴えられ、クビになったのだそうだ。いい気味だ。


借金で首が回らなくなったところへ収入もなくなり、別れた妻子への慰謝料と養育費も払えず滞納したところ元妻からの代理人を通じて、残りの慰謝料と養育費を一括で払うよう求められたとのことだった。それが400万円。


「もう詰んだ…」


と肩を落とした様子の田嶋に、


「へぇ。お金が無いなら自己破産すれば?破産するためのお金もないなら親に借りれば?」


と返事をして、私はアドレス帳から田嶋を削除した。
もうこの男に用はない。
リライトのバイト代などはなから払えるあてもなく、払うつもりもなかったのだろう。


それから1年以上の時が流れ、田嶋の存在などすっかり忘れた頃にスマホに不在着信が2回入っていた。


「どちらさま?」とショートメールを送ると、田嶋だと返信が入った。
SNSで連絡がつかないので電話をかけてきたらしい。
SNSではとうにブロック済みだった。


父親に借金の保証人を引き受けてもらっていた田島は破産を選べず、任意整理をして地方のFラン私立大に再就職していた。
フィールドワークを再開するので、また力を貸して欲しいと言う。
どの面下げて言ってんだ。


「迷惑です」


二度と連絡してこないよう言い含めて会話を打ち切ったが、実のところ私は田嶋に対し、さほどの怒りも恨みもなかった。


確かに迷惑は被ったし一文にもならなかったが、田嶋の原稿をせっせとリライトしたことで、私は他人に読ませる文章のコツのようなものを掴んでいたからだ。


田嶋とは縁が切れた後も、私はしばしば頼まれると代筆を手がけていた。
けれど次第に負担となった。
どれほどの名文を書こうと自らの名前が出ず、ただ働きなのが嫌だったわけじゃない。


むしろ私は自分の名前が出ない文章の方が気楽で楽しく、なめらかに筆が滑った。
文責が他人にあると思えば恥ずかしくなるような美辞麗句が書けたし、実態は違うと知りながら上手い言い逃れを思いついた。
個人の自己主張をまるで社会的意義のある活動であるかのように話をすり替えるのだってお手の物だった。


きっと私にはゴーストの才能がある。だが向いていない。
他人の名前に隠れればどこまでも無責任になれる自分に対し、どうしても違和感を感じずにいられないのだ。
無責任はやがて不信を買い、いつか自分に返ってくるだろう。


東京に夏葉社という小さな出版社がある。
そのひとり出版社を営んでおられる島田潤一郎さんが「古くてあたらしい仕事」の中で、こう書かれている。

「嘘をつかない。裏切らない。自分だけが得をしようとは考えない。
そう言う世界で仕事を続ける方が、ぼくの性に合う」

「古くて新しい仕事」島田潤一郎
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マダムユキ
ネットウォッチャー。最高月間PV40万のブログ「Flat 9 〜マダムユキの部屋」管理人。
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Photo by Michał Parzuchowski on Unsplash