
合コンで「置物」と化したというMくん
「なんていうか文字通り置物だったよね」
Mくんを合コンに連れて行った僕の友人は、後にそう語った。
僕らは当時30歳になったばかり。
合コンで目当ての女性に必ず気に入ってもらえるような絶妙なトーク術をもっているわけではない。それでも、とりあえず場の空気を壊さない程度の役割は演じられる。
多くの30代は、そういうスキルを自然と身に着けていることと思う。
しかし、Mくんは違った。
どうやら彼は「合コン」というシチュエーションにまったく向いてないらしい。
「よく言って地蔵だった」。
友人は、ほとんど同じ意味のことを無駄に表現を変えて僕に伝えてくれた。
Mくんのひどすぎる合コンエピソード
Mくんはいたって普通の男だ。
「めんどうだから」という理由で、週末でもスーツを着ているということ以外、特に変わったところはない。
積極的に場を盛り上げるタイプではないけれど、話せば知的な冗談もいう。
人付き合いもよく、社会人として立派に働いてもいる。
かつてはタバコを吸っていたが今は立派に禁煙に成功している。
好みの問題はあるかもしれないが、異性から見た際の減点要素は少ないほうだろう。
禁煙に至るまでの過程をMくんに尋ねたことがある。すると、彼は教えてくれた。
「メチャクチャヘビースモーカーの時もあったから、もうやり切った感があってさ。最終的にパイプまでいったからね。合コンの時に、いきなりパイプ出したら女の子もひいたよね」
また、件の合コンについても僕はその詳細をMくんに尋ねてみた。
「置物みたいになるってことは好みの子がいなかったの?」
「いや、みんな超可愛かったよ。でも何だか緊張しちゃってさ」
Mくんはそう言って笑ったが、緊張するにもほどがあるだろうと僕は思った。
合コンに連れて行った友達に、席で置物や地蔵になられては幹事としてはたまらない。
「いままでの合コンもそんな感じだったの?」
僕が当然の疑問を口にするとMくんはさわやかに言った。
「まぁ、そうだね。MAXで途中にもかかわらず、無言で帰ったことすらあるからね」
合コンでパイプを取り出したり、無言でバックレるMくんはやはり普通ではないかもしれない。
あえて口にはしなかったが、せめて会計は置いていってほしいと僕は思った。
週3でボクシングジムに通うと体のキレがハンパない
そんなMくんは、数年前、急にボクシングを始めた。
理由は「近所にジムがあったから」だというが、通う頻度が週3回というところが尋常ではない。そんな頻度でボクシングジムに通ったMくんは、見違えるような体つきになっていった。
僕らは時々仲間内で集まってフットサルをやっているのだが、これまでのMくんはひどいものだった。
元々テクニックのあるほうではなかったが、全盛期の体力はみるかげもなく、数分間走るとまったく戦力にならなくなるほどであった。
しかし、ボクシングを始めて体のキレが大幅によくなったMくんは、コート内の誰よりも輝くようになったのだ。
30代の素人フットサルにおいて重要なのは技術や経験ではない。
何よりも走れることである。
その意味において、ジム通い後のMくんは他のメンバーの追随を許さなかった。
かつてチームの中心を担ったテクニシャンから、あっさりとボールを奪い取るM君を見て、僕らは「週3のボクシングジム通い」の効果を思い知らされた。
「やっぱり週3でジムに通うと違うよね」
Mくんは、誰もが感じているであろう感想を、合コンを途中でバックレたエピソードを語るときと同じぐらいさわやかな口調で語った。
ベタだが健全な精神は健全な肉体に宿るらしい
このように肉体が充実したMくんは精神も充実したのであろう。
いきなりウェイ系になったわけではないが、少なくとも合コンで置物になるようなことはなくなった。
そうなれば、彼に特筆すべきマイナス点はない。
禁煙に成功した今となっては、もはや突然パイプを取り出すこともない。
30代独身で、しっかりとした職についている、合コンで置物にならないMくんには、あっというまに彼女ができた。
すでに同棲を始めており、結婚も秒読みだという。
すべては彼がボクシングジムに通い始めたと聞いてから、わずか一年ほどの間に起きたことである。
「健全なる精神は健全なる身体に宿る」というのは、誤訳にもとづいた誤った解釈らしいが、Mくんにはピッタリとあてはまる言葉だったようだ。
やはり侮れないトレーニングの効用
近年、SNS上などでも筋トレの効能が叫ばれている。
体を動かすことで得た充実感が、精神にも好影響を及ぼし、生活全体が良いサイクルになるのであろう。
個人的には「体を動かすこと=正義」といった主張には、時々うんざりさせられることもあるが、その有効性を認めざるを得ない。
何せ合コンで置物になってしまう男に彼女ができるほどの効用があるのだから。
著者:永田 正行
大学卒業後、零細出版社に広告営業マンとして勤務。 その後、会報誌の編集者を経てネットメディアの編集記者となり、政治家や大学教授へのインタビューを多数手掛ける。現在も某ネットメディアで執筆にマーケに奮闘中。
好きな言葉は「ミラクル元年 奇跡を呼んで」の西武ライオンズファン。
Twitter:https://twitter.com/jake85elwood
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