「準戦時下」でも出会い系アプリでお見合いしまくる チャイニーズたち

もうかれこれ3週間ほど、筆者は中国某都市にある自宅から1歩たりとも出ていない。

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、事実上の外出禁止令が敷かれているからだ。

 

 自分の住むエリアは武漢と違って都市封鎖にまでは至っていないものの、公共交通機関に乗るたびに体温を計られる。

37.5度を超えていたら感染していようがいまいが、とりあえず別室行き。

マスクをしていないだけで、下手すれば公安にしょっぴかれる。

そんな状況で出かける者はほとんどおらず、誰もが引きこもり生活を送っている。

 

 もちろん、例外とていないわけではない。

ある知人は普段なら3時間待ち当たり前のタピオカ屋に突撃し、

「初めて並ばず買えた」

と喜んでいたが、自分は感染リスクを冒してまでタピる根性を持ち合わせていない。

 

 では、何で暇潰しをしているのかというと、中国の出会い系アプリである。

というか自分同様、自宅から出られない何千万、下手したら億単位のチャイニーズが、ただ今あり余る時間を丸ごとスマホ世界にぶっ込み中。

 

 とりわけウイルスが猛威を振るうなか、命の危険を感じて子孫繁栄本能を刺激されたのかどうかは知らないが、マッチングアプリにありえない数の人民が流れ込んでいる。

終息宣言が出された暁に、果たしてどれほど多くの新婚カップルが生まれるのか

そんな想像を禁じ得ないほど、中国人が非常時に見せる出会い熱は凄まじい。

 

 日本の出会い系というとサクラだらけの詐欺アプリからパパ活&援交目的の女子が集まるグレーなもの、本気でパートナーを探す方向けのガチ系までさまざまだが、中国で強いのはオンラインお見合い型。

若者の結婚難が深刻な中国では、真剣なお付き合い前提のマッチングアプリがやたらと好まれるのだ。

 中華お見合いアプリの特徴をひと言で表すなら、

「もれなく仲人(中国語で「紅娘」)がついてくる」

という点に尽きる。

男女がサシで愛を語るのではなく、出会いのスペースに見知らぬ中年女性が待ち構えていて、何とかふたりの恋愛を成就させようと世話を焼く。

簡単に言えば結婚したい男と女、そして仲人の3人でやるビデオチャットである。

 

 しかもクローズドではなく、アカウントを持っていれば誰でもお見合いの模様を眺められる上、話がまとまらなかったら外野からお見合いに乱入することもできる。

 そんな狂った出会い系が本当にあるのかとお疑いの方は、「伊対」(アプリ名)で検索してみるとよい。

もっと言えば、こちらのアプリは国外からでも登録可能。

ぜひこの機会に中国人のお見合いを覗いてみるのも面白い。

異様な世界に感じられるかもしれないが、そこには間違いなく、われわれ日本人が学ぶべき恋愛のヒントがある。

 

 それは、清々しいまでに自分を飾らず、出会いの場に挑む潔さ。

恋愛ではあえて相手の期待値を高めない方が、むしろ成功に繋がることもある。

日本では異端とみなされるであろうこの恋愛法則を、多くの中国人はナチュラルに体得しているように見えるのだ。

 

どこまでも「飾らない」中国の出会い系ユーザーたち

 

 お見合いだろうがナンパだろうが異性にアプローチをするのなら、それなりに格好をつけるのが世の習いである。

人によって程度に差はあるだろうが、少しでも相手の印象を良くしようと努力をするのが当たり前。

ところが中国の出会い系では、この常識がそもそも存在しない。

 

 アプリで気になる女性を探し出し、チャットルームに入ってみたら相手がノーメイクにスウェット姿などということは日常茶飯事。

お見合い中でも腹が減ればドンブリ片手に愛を語るし、洗濯物を畳みながら恋愛談義に挑むハートの強い中国女子もいる。

 

 そんな女性にばかり遭遇するものだから、最初はみんな遊び半分でアプリに登録しているのかと思ったが、恋愛話を振ればノリノリで乗ってくるし、本気で結婚したい素振りを見せた日には「年収」「持ち家の有無」といった生々しい話題になる。

 

 要するに、彼女たちはあくまで本気の出会いを求めているものの、自分を良く見せようという意識は限りなく希薄。

中国女子とはお見合いの場においても、素のままの自分を晒すことをためらわない人たちなのであった。

 

いいのか、それで。

日本の常識に染まっている自分としては、当然ながら戸惑った。

しかし、アプリ内で顔見知りになった仲人役の中年女性に中国お見合い事情を聞くにつれ、彼女たちの自由な挙動にもプラスの点があることに気付かされた。

 

「最初から相手のいい面ばかり見ていると、絶対にうまくいかないのよ。アプリの中でどんなにいい格好をしていても、一緒に住み始めたら全部分かるんだから。それに、無理に行儀よくしていたら疲れるでしょう」

 

 むろん、全ての中国人がそこまで深く考えた上で天衣無縫な振る舞いをしているとは思わない。

あくまで国民性に根ざしたもので、日本人からすれば理解の外であることも事実。

それでもあえて言うならば、この仲人の言葉には恋愛におけるある種の教訓が秘められている。

 

 これは出会いに限ったことではないが、日本人は異性に好かれたいと願うあまり、虚構の自分を作りがちだ。

簡潔に言うならば、相手にどう思われようが一向に構わない中国人のメンタリティは行き過ぎだとしても、日本人はあまりにも外ヅラを気にしすぎているように感じる。

それは恋愛の場においては時として致命的な失敗に繋がることもある。

 

普段通りが結局は最良の選択肢

 

奇しくも前述の中国人仲人と同じことを言った人がいる。

『超愛』(三五館)などの著書を持つ異能の性愛思想家・山田鷹夫氏である。

 

 筆者がかつて雑誌の編集に携わっていた頃、ある恋愛記事のインタビューでお話しを伺ったのだが、そこで山田氏が強調されていたのは

「飾らないこと」

そして

「素直に自分を語ること」

の重要性だった。

 

 女性に対するエチケットとして、身だしなみなどに気を使うのはある意味当然。

「しかし」と前置きした上で、山田氏は見た目を過度に気にすることの非を語った。

 

「男はあるがままの自分を見せるべき。格好つけて己を偽っていても、いつか必ずボロが出るし女性はそういう男をしっかりと見抜いている。飾らなければ、会ってみたらイメージと違ったなんて女性の思いを裏切ることはありえない」

 

 そのような主張を聞くと、多くの男性は違和感を覚えるかもしれない。

人間なんて何だかんだ言っても見た目で判断されるもの。

外見を気にして何が悪い、というわけだ。それに対する山田氏の答えは明快である。

 

「確かに素の自分を見せてしまえば、出会いの入り口で興味を持ってくれる女性はぐっと減る。でも、正直に己を語った上で、それでもいいと言ってくれる人との繋がりというものは、そう簡単には崩れない。結局、恋愛関係を長く保ちたいのなら、自然体で出会いに挑むのが一番ということになる」

 

ここで言う「飾らないこと」とは、何も見た目だけに限らない。

ファッションだけでなく、気持ちの面でも普段通りに異性に接することが大事であると山田氏は説いている。

 

これは女性の視点に立って考えてみれば分かりやすい。

自分をやたらと丁寧に扱ってくる男がデートの最中、例えばレストランなどで店員に対して傲慢な態度を取っていたとしたら、女性はどう感じるか。

その男の本性は言うまでもなく、後者である。

いつか愛情が冷めた時、その横柄な言動はきっと自分へ向けられると考えるに違いない。

 

つまるところ、恋愛において自分を飾らない、偽らないというのは、何もしなくていいということとイコールでは決してない。

素の状態であったとしても、常に相手の女性に対して恥じない自分であるべし。

言うまでもなくこれはある意味、虚像を作り上げるより格段に難しい。

だが、恋愛を本気でモノにしようと欲するならば、やるしかないのだ。

 

話を戻せば、出会いアプリでむき出しの姿を晒す中国人たちに、自分を高めるなどという発想はまるでない。

彼らの恋愛スタイルを日本人がそのまま真似するのは無理というものだろう。

また、外ヅラをやたらと意識してしまうのは、われわれ日本人の根っこの部分に根ざしたメンタリティ。

それを全否定するつもりはない。

 

しかし、どれほど他者の視線を気にして自分を取り繕ったところで、中身は1ミリも変わらない。

惚れた相手の前で、見られたくない姿を晒す日はいつか必ずやってくる。

ゆえに、己を飾る努力をするくらいなら、そのエネルギーを自分磨きに費やした方がよほど生産的ということになる。

 

 上辺ばかりを気にする恋愛は、もう止めよう。

自分を盛って女性を目一杯期待させたところで、中身が伴わなければ待っているのは悲劇である。

偽りの自分を捨てることで、貴方の新しい恋はきっと始まる。

 

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神坂縁
ライター、編集者、翻訳者。週刊誌記者を経て某中堅出版社に入社。雑誌の製作に携わっていたが、十数年勤めた会社で内紛が起こったことを機に退職&日本脱出を決意。現在は国外の通信社に勤務し、アジアの政治・経済に関するライティングを本業としている。