
出典:消費者庁「消費者庁イラスト集」より
「Goooooooooooood morning from Tokyo!!!」
SNSに毎日欠かさず投稿される彼女の決まり文句は、勢い余って暑苦しかった。
この力み具合は朝っぱらから「かめはめ波」でも撃つ気だろうか。
何だろう。彼女から感じるこの違和感は。
聡子さんは胡散臭いビジネスセミナーの
「認定講師養成コース」
で知り合った、唯一の女性だ。
私は今までに書いた訳ありの男連中と共にそのセミナーのプレコースは修了したものの、次のステップである
「認定講師養成コース」
では主催者に対する不信が高じて中途離脱した為、彼女とは一度しか会っていない。
しかし、この手のセミナーでは初対面時にSNSで「友達」になるのが習わしなので、SNSを通じて聡子さんともしばらくは交流が続いた。
聡子さんはきちんとしていて感じの良い女性だった。
さっぱりとしたショートヘアに大振りのイヤリング。
首筋をすっきり見せてフェミニンさを漂わせつつダークカラーのスーツを隙なく着こなす様子は、一見するとパリッとしたキャリアウーマンだ。
美人とは言えないがイイ女風であり、魅力的な大人の女性に見えた。
彼女は私たちが知り合ったのとは別のセミナーで既に認定講師の資格を取得しており、商社の秘書を辞めセミナー講師として活動を始めたところだという。
彼女に最初の違和感を覚えたのは、1日目の講習を終えて繰り出した飲み会の席だった。
どうも妙なのだ。
聡子さんは私より年下とは言え、既に30代も後半でアラフォーのくくりに入る大人の女性のはずが、どこかしらおぼこい。
ファッションやメイクで物馴れた女を装ってはいるが、会話の中身や立ち居振る舞いからは熟れた魅力が感じられなかった。
独り身で落ち着いた関係のパートナーが居ると言う。
けれど、彼氏だという男性の話にはリアリティがない上、会話の受け答えが真面目一辺倒で色気がない彼女からは男の匂いが漂ってこない。
私が一時期キラキラ起業と揶揄されたセミナービジネス界に片足を突っ込み、ほどなくして気付いたことがある。
SNSでは華やいで見えるネットビジネス界隈には、思わず瞳孔が開くようないい男や色香がみぞおちに来るいい女はまず居ない。
ネットで発信されている本人の写真や活動実績は、ほぼ全てが演出された加工品であり実物とは別物なのだ。
聡子さんもその例に漏れず、SNSで見る彼女と実物とでは印象が違った。
写真の彼女は若々しく、いつも活力と自信に満ち満ちたような笑顔なのだが、間近に見る彼女はどこか頼りなげでぎこちなく、自分自身に上手く馴染めていないようだった。
その理由は、やがてSNSを通じて彼女を見ているうちに判明する。
聡子さんの外見は上から下まで他人に作り込まれたものだったのだ。
彼女は
「ファッションコンサルタント&お買い物アドバイザー」
という長過ぎる肩書きの女性に、仕事用だけでなくプライベート用まで服やアクセサリーを選んでもらうサービスにお金を払っていた。
一緒に買い物に出かけてトータルコーディネートされる様子をSNSに投稿しており、それを見てしまった私は驚きと納得と幻滅を感じた。
聡子さんは人がいい。
起業仲間であるが故、そのファッションコンサルタントの実績作りに協力しようとしたのだろう。
しかし、SNSでいかに自分を魅力的な人物に見せかけるかが肝の世界で、成功を収めるのは上手く他人を騙し己も騙せる者だけであり、舞台裏の真実を人目に晒すのはバカのすることだ。
セミナー講師、コンサルタント、アドバイザーやセラピストには名乗ればなれる。
準備に必要なのはそれっぽい服装とヘアメイク。
そして作り込んだ自分をうつした写真と宣伝用のSNSだけであるからスタートアップのハードルは低い。
あとはどのような経歴を作り肩書きを名乗るかがアイディアの見せ所なのだが、元々ひらめきの無い人間だからこそキラキラ起業ブームの波に乗せられているので、大半の者は他人の真似をするしか能がないのだ。
手っ取り早く他人から看板を借りて商売ができる「認定講師」を選ぶ者は特にそうだと言えるだろう。
自分で商品を作り集客をする労を省こうとして、大金を投じ教材と看板を借りてくる。
その仕組みで儲かるのは看板を売る元締めだけだ。
大枚を叩いて借りた看板を掲げたからといって、すぐにお客が殺到するほど虚業の世界も甘くはない。
同業者がひしめき合う中で抜きん出ようと、他人のアドバイスを求めたり、金で買える権威に頼ろうとしたりすれば身動きするたび際限なく金がかかってくる。
聡子さんの場合は、私が離脱したセミナーで認定講師の資格を取った後も
「笑顔の効力セミナー」
「伝える声を創るセミナー」
果ては「おまた力」など、一体なんの役に立つのか疑問でしかないセミナーをいくつも受けて回っていた。
そしてコミュニティFMの番組枠を購入してラジオ番組を持ち、個人のHPを外部発注し、一人社長で法人化しているため会社のHPまで作った。
番組配信やWebサイトなら無料のSNSやブログ、動画配信サービスを利用すればいいのにわざわざお金をかけるのは、コンテンツで勝負できず見栄えに頼ろうとするからだろう。
旧宮家の名を冠した褒賞の受賞報告には「いいね」をしかけたが、それは実のところ現在の皇室とは無関係で、多少の根回しをして金を払えば誰でも貰える賞だと分かり白けてしまった。
追い討ちをかけて
「本を出版しました!」
という投稿を目にした際には、流石に胸が突かれた。
版元が
「金さえ払えば出版できる」
出版社ならまだ良かったが、
「いいように金をむしられる」
と悪評高い出版社だったからだ。
こうもナイーヴでは
「共同出版ビジネスに引っかかるにしても、もう少しましな業者を選べなかったのか」
と苛立ちさえ感じてしまう。
気づけば、聡子さんはいつの間にか
「Goooooooooooood morning!」
と無理にポジティブを装った投稿をしなくなっていた。
代わりに、
「まだ成功には遠いけれど、私には応援し合いながら共にヴィジョンを語れる仲間と心友が居て幸せです」
「結果で判断せず、プロセスを観ること」
「失敗はしていない。未だ成功していないだけ」
「深く落ちるほど、高く跳ね上がる」
など、以前は決して見せなかった弱音とも取れる投稿が増えている。
虚業の世界に身を置きながら泥水に染まらない者はいつまで経っても搾取される側だ。
人の肚が読めないお人好しでは敗者にならざるをえない。
ネット起業家になった途端、加速度的に良心を失くす勝者に比べると人柄に好感は持てるのだが、一途に成功と女の幸せを夢見る聡子さんの心情を思うと胸は苦いのだった。
1980年代にヒットしたアメリカ映画に、
「ワーキングガール」
という作品がある。
描かれているのは思うようでない日常にくすぶっている秘書の女性が、アイディアと魅力と大胆な行動力を武器に恋と仕事で成功を掴むという、ワクワクさせられるアメリカンドリームだ。
現実を変えてみせると意を決した主人公が最初に手をつけるのが、髪型と化粧と服装を変えて成功した女性を装うことだった。
ネット起業家の女性たちも多くがこの映画の主人公のように、今の冴えない現実は本来の自分に見合うものではないと考えており、チャンスさえ掴むことができれば自分だって成功できると夢見ている。
そのために「はじめの一歩」と考えるのが見た目の印象を変えることであり、「努力」だと信じるのが大金を投じて秘訣を学ぶことなのだ。
映画はあくまで大衆向けの娯楽作品だが、ファンタジーにもいくばくかの真実がある。
主人公のテスは学歴こそ足りないが頭は切れるし、目標のために夜学で学位を優等で取得する頑張り屋で、常にアンテナを貼ってチャンスを探し、鍵となるビジネスのアイディアも自分で考えたものだ。だから道が開けた。
このように
「自分の頭で考える」
ことが夢を叶える唯一の突破口であり、
「考える頭を磨く」
ことこそが努力なのだと、ぼんやりと
「愛されて、稼いで、贅沢な生活をしている自分」
の幻に酔っている女たちには気づいてもらいたい。
マダムユキ
ネットウォッチャー。最高月間PV40万のブログ「Flat 9 〜マダムユキの部屋」管理人。
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