
出典:環境省「人と動物が幸せに暮らす社会の実現プロジェクト」
『女というのは、その本質において未知と神秘に夢中で、背徳的悪魔的な誘惑の姿をまとってあらわれる悪に心を奪われる無意識的な存在なのである。』
(出典:ギュスターヴ・モロー「キマイラに寄せて」)
女という生き物をこれ以上ないほど的確に言い表した一文に出会い、私は図録のページをめくる手を止めた。
ギュスターヴ・モローは、19世紀後半のフランスに起こった象徴主義の画家である。
幻想的な作風は日本人に高い人気があるため、彼の描いた退廃的でこの上なく甘美な絵画の数々は、幾度となく日本にやって来る。
彼の描いた女たちは魔性の淫婦であろうと清純な処女であろうと、息が詰まるほどエロスとタナトス(死)の匂いがする。
ギリシア神話によれば、キマイラとは英雄ベレロフォンに退治される怪物で、頭部はライオン、胴体は山羊、尾が龍で火を吐くとされている。
だが、モローが油彩画として完成させたキマイラは、若い男の上半身とペガサスの下半身を持たされて飛翔しようとするところだ。
そして、その首にほとんど全裸の若い女が、
「私も連れて行って」
とばかりに狂おしくしがみついている。
モローはキマイラについて記した長い文章の中で、この怪物に魅了される女性について書いているのだ。
冒頭の文章には続きがあり、次のように締めくくられる。
『女たちはキマイラにまたがって天空へと運ばれてゆくが、恐怖と目眩によってそこから墜落する』
私が佳代子の空想的な話に付き合えなくなったのは、いつ頃からだったろうか。
佳代子は学生時代から
「波動の法則」
「聖なる予言」
など、スピリチュアルな本を愛読していたが、当時のベストセラー本が彼女の本棚にあるからといって、私はそれを奇妙には感じなかった。
その頃の私たちは学生らしく、
「夢みたいなこと」
をワインのボトルを空にしながら夜通し語り合ったものだったが、若い私たちにとって
「夢みたいなこと」
は、決して
「夢で終わるはずのこと」
ではなかった。
この世のあらゆる不運は自分たちを避けて通り、自分たちが生涯にわたって強運に恵まれ、運命に導かれるようにして幸せを掴むだろうと無邪気に信じていたのだ。
しかし、私の方は学生生活を終えるやいなや自分の能力の限界から目を背けることができなくなっていた。
そして、思うようにならない出来事と不運の重なる現実から、
「他人の身に起こる不幸は、自分の身にも同じだけの確率で起こりうるものなのだ」
と学び、自らの強運を信じられなくなるのにもそう長い時間はかからなかった。
生きていくためにはこれ以上夢という泡が弾けるジャグジーで遊んでいても仕方がないと、諦めの早い私は現実という冷水プールで泳いでいくことを早々に受け入れた。
冷たい水温にも少しずつ慣れていったが、そんな私に佳代子は不満だったようだ。
「あなたは私と同じで、温かいジャグジーでシャンパンを飲んでいるはずの特別な人間なのよ」
と、彼女はいつまでも諦めず私を叱咤し続けたが、私としてはそう言う彼女が特別な人間だとも最早思えなかった。
インターネットとSNSが社会を変え、全てを露わにしてしまったせいだ。
ネットは残酷だ。
クリエイターの卵たちに言い訳を許さなくしてしまったのだから。
小説、評論、写真、動画、絵、漫画、音楽、自分の顔、ライフスタイル、手作り作品。
今の時代に自称アーティストがネットで売れないものはない。
元手はほとんどかからず、誰にでも発信のチャンスがあり、秀でた魅力や才能は埋もれようがないのだ。
誰でも簡単にチャレンジできて、容赦なく結果が分かる。
佳代子は2000年前後には個人のHPを作り、各種SNSも相当初期から利用を始めていたが、彼女のサイトやアカウントが人気を博すことはなかった。
要するに、若い頃の私たちが信じていた己の魅力や才能など、ただの自惚れに過ぎなかったのだ。
私たちはどちらも凡庸であり凡才だった。
しかし、凡庸であることの何がいけないのだろう。
佳代子の最初の異変に気づいたのは、30代後半になった彼女との会話中に、占い師が頻繁に登場するようになった時かもしれない。
彼女が高額な料金を支払って占い師に相談していたのは、当時交際していた彼氏との相性だ。
精神世界に傾倒するあまりパートナーへの理想が高く、セックスへの要求水準も高かった佳代子には、なかなか彼女のお眼鏡にかなう男性との出会いがなかった。
互いの魂が響き合う
「運命のパートナー」
との劇的な出会いと、
「ソウルメイトとの本物のセックス」
がもたらすとされる崇高で圧倒的な快楽を求めるのは、ネス湖でネッシーを探すようなものだ。
ネッシー探索に時間を費やすうちに佳代子は年齢を重ね、30代も終わりが見え始めた頃にようやく条件を下げて10年ぶりに出来た彼氏だったが、彼女は彼本人とではなく占い師と二人の関係の課題や二人の将来について話し合うことを好んだ。
佳代子が当時依存していた占い師は、霊能者でも預言者でもない。
ただ、女たちが大枚はたいてでも
「誰かに言ってもらいたい言葉」
を顧客に与える商売をしていただけだ。
彼女は自分の欲しい言葉を高値で買い取って安心し、今度の彼氏とは何をしても必ず結ばれるはずと信じて、遠慮なく彼に自分の勝手気ままと都合を押し付けるようになった。
青山のマクロビカフェでランチを食べながら、彼と結婚した後の人生設計について得意げに話す佳代子に対し、私は不安と違和感を覚えた。
彼女は
「彼が私に与えるべき愛情とサポート」
の話しかしないのだ。
自分が彼をどれほど愛し、彼に対して何を与えられるかの話が一切ない。
「あなたの話では、なんだか彼ばかりが犠牲を払い、努力を求められ、一方的にあなたをサポートするだけの関係を求められているように聞こえるんだけど……」
私が口を挟むと、彼女はさも驚いたと言った様子で目を見張り、
「え?私が輝くために彼がサポートするのは当たり前じゃない?」
と笑い飛ばした。
佳代子が遠距離恋愛の彼に
「私、あなたと結婚してあげてもいいわ。細かい話は会ってしましょう。近いうちにそちらへ会いにいくわね」
と伝え、慌てた彼が佳代子と逢っていなかった間に別の女性と結婚したと白状したのは、それから一月後のことだ。
彼女はこの失恋に傷ついて、3年近くも引きずった後にまた似たような恋と失恋を繰り返した。
それについては又書く機会があるかもしれない。
「もういい歳なのだし、いい加減いつまでも他人に求めてばかりなのはやめたらどう?何故自分が人に与えることを考えられないの?」
と私は苦言を呈したが、彼女が占い師の次に拠り所にしたのは
「子宮は聖なるお宮。子宮の声を聞き、自分の思うままに行動すれば、自分の願った現実が引き寄せられて、自分が望むように愛される」
と主張するスピリチュアルや、
「ハイヤーセルフと繋がり、人間を創造した宇宙人と交信することで心身と人生を正しい状態に戻す」
と謳うスピリチュアルだった。
ファンタジックな物語の中で夢を見ながら、佳代子の人生はゆっくりと崩れていく。
それらのスピリチュアルのおかげで彼女は人間関係が良くなり、幸せになり、現実も好転し始めたそうだ。
だが実のところ、人間関係がストレスフルでなくなったのは、まともな友人知人が離れ、身の回りには同じ夢を見る者同士しか居なくなったためだ。
そこでは仲間同士お互いが折り重なるようにして堕落し、世間のことなど構わなくなる。
そうやって現実から目を背け、痛みから逃げることで束の間幸せを感じられるようになったに過ぎない。
彼女は教祖から看板を借り、自分もスピリチュアリストとして
「好きなこと」
で商売を始め、幾ばくかのお金も手にするようになった。
それを現実の好転と捉えているが、彼女の手には穴ができており、お金はそこから溶けてゆく。
「蓄えずともお金は循環する」
と信じる無分別のせいで、やがては貧乏という病にかかるだろう。
道楽と仕事は両立するはずがない。
若い頃には修道女のように生真面目だったが、
「未知なる情欲の世界」と「死のような快楽」への憧れを認め、
「パートナーシップとセックスがこれから克服すべき課題である」
と自己開示した佳代子は、既に閉経の年齢を迎えつつある。
汐留美術館でモローの作品を追いながら、私はある光景を思い出していた。
23年前の秋、
「朝食に焼きたてのクロワッサンとバゲットを買ってきて」
と佳代子に言いつけられ、買い物に出た私はまだ朝靄の煙る早朝のパリで年老いた娼婦たちを見た。
凍つくほどではないがコートなしではいられない寒さの中で、彼女たちは扇情的な黒いレースの下着と網タイツ、シースルーのスリップドレスという裸に近い出で立ちで、そこかしこに座っていた。
一人一人の見分けがつかないほど老女たちはそっくりだった。
顔には真っ青なアイシャドウと真っ赤なルージュを引いているが、髪は白髪のままで、贅肉で毬のように太っており、一晩中売れ残った為か濃厚な疲労に覆われている。
老いさばらえてなお春をひさぐ娼婦たちの異様な姿から、私は目を逸らすことができず棒立ちになった。
子宮を神聖だと考えるスピリチュアルでは、立場や年齢に関わらず欲望に正直であれと、公然と男漁りをし、娼婦に身をやつすことさえ奨励される。
空想にしがみつく女たちは交尾期の動物のように発情しており、快楽を夢に見て淫蕩に耽り、やがて怠惰な生活の果てにどん詰まりへと堕ちていくだろう。
フランス語の「キマイラ(Chimère)」という言葉には、「空想」や「夢想」という意味が含まれる。
確かに女は甘美な邪悪と空想に魅入られる生き物だが、ほとんどはしかるべき時が来ればキマイラから手を離し、降りられそうな場所で自ら落ちる。
そして軽く泥を払い、身を整え直して自分の足で地を歩き始めるのだ。
あの日パリで私が見た老女たちは、キマイラの首に必死になってしがみつき続け、とうとう助からない高さから墜落し、地に叩きつけられて人生を潰した女たちの成れの果ての姿ではなかったろうか。
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マダムユキ
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