「包茎手術」は本当に必要?モテたければそのコンプレックスをまず捨て去ろう

出典:国土交通省四国地方整備局

 

筆者は日本で十数年間、雑誌編集業に携わっていた。

職を辞した今でも仕事に対する愛情はいくばくか残っているので、あまり大きな声では言いたくないが、雑誌ビジネスは端的に言って「情弱商売」という側面を持っている。

これを否定できるのは、一切妥協せず本当に良いものを作っている一部の編集者と、確信犯の嘘つきだけである。

 

全ての雑誌が情弱ターゲットであるとまでは断じない。

だが、紙媒体が情報の最先端をリードしていたのも今は昔。

コンビニに並ぶ有名雑誌であっても、そのジャンルに疎い読者が落とす金を吸い取るだけの集金道具に堕したものは少なくない。

 

ネットで少し調べれば出てくる情報をコンテンツとしながら、数百円、下手すれば千円を超える値付けをして一向に恥じない雑誌はザラにある。

さらに言えば、作っている編集者がそもそも雑誌のテーマに詳しくないことすら、なきにしもあらず。

 

出版社に勤務経験がある方ならご存知だろうが、例えばマネー雑誌を作っている編集者が必ずしも金を持っているとは限らない。

筆者の知人には競馬の必勝法を教える雑誌の編集長でありながら、自身は馬券で生涯かかっても返せない借金を抱えてしまった人もいる。

 

かつて付き合いのあったファッション誌の編集部に至っては、服のセンス以前に顔面偏差値Fランクとしか形容できないキモメン揃いであった。

そんな人達が勧めるメンズコーデなるものを真に受けるのもまた、着こなしでどうにかなるレベルではない非モテ系の読者である。

 

雑誌がいかなる読者層をターゲットとしているかを判別するには、広告を見るのが手っ取り早い。

情弱向けの媒体であれば、まず間違いなく包茎やハゲ治療など、コンプレックス絡みの純広やタイアップが潜り込んでいる。

 

紙媒体とは、ただでさえ広告効果が怪しいもの。

よほどの見込みがなければクライアントは貴重な予算を突っ込まない。

言葉は悪いがリテラシーが低い人、劣等感の塊みたいな者が読む雑誌と判断し、広告に「引っかかる」者がいると考えるからこそ出稿をするわけだ。

 

むろん、人は誰しもコンプレックスと無縁ではいられない。

恋愛を諦めていない男なら薄毛や体臭は当然気になるだろうし、さらに言えば「ペニス」の形や機能といったデリケートな問題となれば、とことん悩むのは当然だ。

 

しかし、その不安を煽って金にするのがコンプレックス商売の常套手段である。

乗せられるのは個人の勝手とは言え、劣等感とは所詮自分の心が作り出したもの。

そこに縛られて恋愛でアクティブになれないくらいなら、いっそ忘れた方がいい。

 

投げやりに聞こえるかもしれないが、それこそがコンプレックスを根本的に解決する有効な方法だ。

そして異性を振り向かせるための自信を育む、最良の策なのである。

 

わざわざ自分で新たな悩みを見つけてしまう人々

 

人間がコンプレックスを感じるのは、言うまでもなく外見上のことである。

「私、心が汚れていて

などと思い悩む人に、少なくとも筆者はお目にかかったことがない。

 

見た目の悩みさえ解決できれば、人生、全てうまくいくと考える人は意外に多い。

ゆえに整形から植毛、ペニスの皮まであらゆるコンプレックス商売が成り立つわけだが、それらの外科的な方法を用いれば本当に心の重しがなくなるかというと、否である。

 

雑誌編集時代、女性モデルを撮影する機会がほぼ毎月あった。

起用するのはCSの深夜番組に出るのが関の山といったマイナーな子ばかりなのだが、当時一番困らされたのはモデルの整形だった。

 

何も整形が悪いと言っているのではない。

問題は、女の子が顔をいじるたびに昔撮った写真が全て使えなくなることだ。

予算のない出版社にとって、グラビアは3次、4次掲載してようやくペイするもの。

ところが筆者が編集長を務めていた媒体では、半年もしないうちに再掲載のOKが出なくなることもしばしばだった。

 

さすがに事務所マネージャーも

「今と顔違うんで、これまずいっすね」

とまでは言わない。

ただ言外に、

「ウチは止めたんですが本人が勝手にやりまして・・・ひとつご勘弁を」

ということを匂わせてくる。

 

そして大概そういう子の「工事」は一度では終わらない。

目の次は鼻、鼻の次は顎といった風に歯止めがきかなくなるのがお決まりのパターンだ。

しかしどれほどメスを入れようが、心の根っこにある不安や自信のなさが取り除かれることはない。

 

もっとも、モデルさんは顔が命。

手段を選ばず美しさを追い求める姿勢は理解できなくもない。

問題はわれわれ男のコンプレックスである。

 

カテゴリー分けをするなら体臭、頭髪、そして「ペニス」といったところだろう。

これらを重荷に感じ始めたが最後、男は泥沼の劣等感地獄から抜け出せなくなる。

 

ある男性向けクリニックのタイアップで、取材が終わった後に医師から本音を聞かされたことがある。

その方はコンプレックス商売の最たる仕事に就いていながら高い職業倫理を持ち、クリニックを訪れた男性に包み隠さず話をすることで有名だった。

 

「ペニスの皮を切るのは、突き詰めて言ってしまえば機能を高める意味はありません。

本当に手術をしなければならない人というのは、男女の営みに支障があるほど重症の人に限られます。

でも、気持ちが楽になってくれればそれでいい。

自信を取り戻し、女性に積極的になれるのであれば、やればいいのではないでしょうか。」

この医師は、患者にこのように説明しているそうだ。

 

先生の話を平たくまとめると、本来自信さえあればペニスの皮など、まして仮性包茎など切る必要は全く無い。

しかし、人間そう簡単に劣等感を拭えないのもまた事実。

気持ちを前向きに変え、それでモテると思えるのなら、「余った皮」を切ってもいいんじゃないの?

と正直に語っているわけだ。

 

その真摯な姿勢は間違いなく敬服に値する。

だが同時に、「治療」を受けた男性が真の自信を取り戻せるかというと疑問があるそうだ。

このような患者さんは数カ月もしないうちに、今度は

「小さくて恥ずかしいんです」

「中折れするんです」

といったように、別のコンプレックスをわざわざ自分で探し出し、改めて来院するとのこと。

 

自信のなさこそが、恋愛において致命的

 

ここで誤解のないように言っておくと、筆者は何もコンプレックス=悪と訴えたいわけではない。

身体のニオイや毛深さが気になるのならそれなりに対策を講じればよいし、脂ぎった肌質が我慢ならないのなら、こまめに洗顔するのはある意味当然。

それらの努力は決して無駄ではない。

 

肝心なのはコンプレックスに囚われすぎないことだ。

何しろ、劣等感は男から自信を根こそぎ奪い取る。

 

これが女性だったら話は別。

たとえ自分に自信が持てない子でも、男からすればそれはそれで奥手な感じが可愛く思えたりするものだ。

しかし、男にとって自信のなさは単にマイナスでしかない。

オドオドして目がキョロキョロしてるような男に魅力を感じるような女性が、いるはずもない。

 

モテる男の条件について考える時、われわれはついビジュアルやファッション、トークスキルなどに重きを置きがちだ。

しかし自信という一見ファジーに思える要素も、決して軽んじることはできない。

 

女性から見て何ひとつ魅力のない男が、根拠のない自信だけでモテるかといえば、むろんそんなことはありえない。

だが、モテる素質を多少なりとも持っているにも関わらず、己に自信を持てないために恋愛のチャンスを逃す男は少なからず存在する。

要するに、女性から見て頼りない男は恋愛対象たり得ないということだ。

 

女性が恋愛パートナーを吟味する上で、「頼り甲斐」というチェックポイントは男が考える以上に重い。

この女性心理をわれわれオスが真の意味で理解することは難しい、というか不可能である。

 

その身に子を宿し、生み育てるという神聖な営みが行えるのは、言うまでもなく女性のみ。

いま目の前にいる男は我が身を、そして我が子を守れるか。

つまり頼れる男であるかどうかということを、例え気楽な恋愛だとしても女性は心の片隅で考える。

そして頼れない男を本能的に見抜く力を持っている。

それゆえに男の自信のなさは、恋愛において致命的に不利なのだ。

 

自分の中に、どうしても好きになれない部分があるのは仕方のないこと。

だが、そのことを言い訳にしてネガティブな感情を抱いたり、引っ込み思案になるのは愚の骨頂である。

 

恋愛で勝利を掴み取りたいと願うなら、男はすべからくコンプレックスとの上手な付き合い方を身につけるべきだ。

他者を愛そうとするなら、まず己を愛せよ。

開き直るのではなく、コンプレックスを直視した上でありのままの自分を受け入れ、同じ寛容の心で女性に接してみてはどうだろう。

 

過剰な自意識を捨て去り、自信のベールを身にまとった時、貴方には自然とモテる男の条件が備わっているはずだ。

 

 


神坂縁
ライター、編集者、翻訳者。

週刊誌記者を経て某中堅出版社に入社。

雑誌の製作に携わっていたが、十数年勤めた会社で内紛が起こったことを機に退職&日本脱出を決意。

現在は国外の通信社に勤務し、アジアの政治・経済に関するライティングを本業としている。