「ゆきちゃんて、本当にナイーブだよなぁ。あいつのこと信じるなんてさ」
と言って、圭一は笑った。
ドイツビールの品揃えが自慢のバーで飲みながら、
「少し前の話になるんだけどね…」
と、私が俊彦くんに起業の相談をしたと打ち明けると、圭一は少し困ったような顔をしてから、息を吐くようにして笑い、そう言ったのだ。
圭一とは幼なじみで、気が置けない仲だ。
だから面と向かって「ナイーブだ」と指摘されても腹は立たなかった。
それから、圭一は私を諭すように話し始めた。
「誤解しないで欲しいけど、俺だってトシくんは大好きだよ。だって、俺らは幼なじみじゃん。小さい時から仲間で、お互いがどんな家でどうやって成長してきたのかも知ってる。
今だって一緒に遊ぶと楽しいし、根は良い奴なんだって分かってるよ。
だけど、俺はあいつを信用してない」
思いがけないことを言われて、私は驚いた。
俊彦くんは故郷に錦を飾った成功者として、仲間内で認められているとばかり思っていたからだ。
「でも、俊彦くんは脱サラして、地方創生事業のコンサルタントとして独立したって宣言してたじゃない。
地方での起業支援も看板に掲げていたから相談に行ったの。
前の会社では年収1000万超えの成績優秀な営業マンだったって聞いてたし、仕事ができる人だと思っていたのだけど…」
「コンサルタントって、あいつに何のコンサルができるんだよ。(笑)
営業のサラリーマンとして、体張って飲み歩いて頑張ってたのは分かるよ。けど、学も無いし、自分で事業を起こして成功した経験もない奴が、何の相談に乗れるんだ?
確かに、あいつなりに志はあるんだろう。飲み会でも熱く語ってたな。地元に貢献したい。地方の良さを発信して、面白いこと仕掛けていきたいって。
トシくんの話って、キラキラしてるんだよ。『俺はあんなことをしたい』『俺はこんなことをするつもりだ』『こういうことをしたら、こんな風にすごいことになるぞ』って、夢みたいなことを熱く語る。すごくキラキラしてる。だから現実味がないだよ。
確かに言うことは立派だよ。でも、じゃあ、その計画を実現させる為には、どう動くのか。何から始めて、何に幾らかかるのか。そして、どこからどうやって資金調達するのか。あいつからはそういう具体的な話が一切でない。
だから、『一緒にやろうぜ』とか、『投資しないか』なんて持ちかけられても、絶対に乗れないね。
横山と須田を見てみろよ。あいつらトシくんとはあれだけ仲が良いのに、びた一文出そうとしないだろ。横山と須田もボンボン育ちの2代目とは言え会社経営者だ。いくら仲間としては仲良くしてても、そういうところはちゃんと冷徹に見てるんだよ。」
その飲み会には私も参加していたが、背後のテーブルでそんな話がされていたとは全く知らなかった。
言われてみれば、あの時は俊彦くんを中心に男たちだけで固まり、何やら話し込んでいたような気もする。
「あー…、そうだったんだ。全然気がつかなかった」
「ちょっとは周りをよく見るんだな。(笑)」
「だって、俊彦君は自信たっぷりで羽振りも良さそうだったから疑わなかった。相談のために事務所を訪ねたんだけど、机もソファーも高級品で新しくて、インテリアもすごくお洒落だったよ。
営業用の車はまだ用意してないけど、これから新車を買うって言ってたな」
気づくべきことに気づけない不注意さの言い訳をしながら、私はスマホを取り出して一枚の写真を表示した。
地方都市の牧歌的な風景からは完全に浮いている、都会的で垢抜けた事務所の内装やインテリアに圧倒された私は、俊彦君に断って写真を撮らせてもらっていたのだ。
圭一は私のスマホ画面を覗き込んでそれを見ると、又困ったように笑った。
「トシくんらしいなって思うよ。キラキラしてるよな、その事務所も。まるでハリウッド映画のセットみたいじゃん。
トシくんて子供なんだよ。だから夢も子供っぽいし、やることも子供っぽい。その事務所は、子供の頃に見たアメリカンドリームの映画を思い描いて、そんな風にしたんだろうな。
なぁ、これをすごいと思っちゃうのも、どうかと思うぞ。
俺なら、起業したばかりでこんなド派手な事務所を構える奴は絶対に信用しない。
俺だって今では社長だ。仲間と一緒に起業して、がむしゃらに働いて社員とバイトも増えて、最近ようやく金も持てるようになった。今までの俺の経験上、トシくんみたいな奴は信用できないし、一緒に仕事もしたくない。」
圭一にそう言われて改めて写真に目を落とすと、確かにそれは映画かドラマのセットのように見えた。
仕事をするためではなく、撮影するために用意されたみたいな部屋だ。
「これだけ派手な事務所を構えるなら、億単位の仕事をしてなくちゃ経費として見合わないんだよ。
なぁ、地方創生って、事業規模はいくらだ?
地方の小さな自治体と組んで仕事をするのが、億単位の事業になると思うか?
どう足掻いても数千万がせいぜいの仕事をするのに、こんな映画のセットみたいな立派な事務所が必要か?
オフィス家具なんて中古で十分だろ。装飾用のインテリアも新車も必要ないはずだ。
まだ一円の利益もあげてないうちから、見栄えにこだわって意味のないものに大金を使う奴を、俺は絶対に信用しないね」
圭一の言うことがごもっとも過ぎて、何も言い返せなかった。
その後、私も個人事業主としてもがいていく中で様々な経験を重ね、見せかけに騙されて薄っぺらい人間を信用したり、利用されてただ働きを繰り返したりしたことで自分の甘さを認識していくのだったが、振り返ってみると、そもそも出だしに相談した相手から既に間違えていたのだ。
ただ、俊彦君には起業の相談をしたと言っても、実は立派なオフィスでお茶をいただきながら取り留めのない話をしただけで、有益なアドバイスは一つも得ていない。
とはいえ、
「幼なじみから金はもらえないよ」
と相談料は請求されなかったので、
「無料だったのだから、きちんと対応してもらえなかったのも仕方ない」
と納得してしまい、圭一に指摘されるまで不審に思っていなかった。
圭一は新しいビールを注文すると、少々手厳しく言い過ぎたと思ったのか、今度は俊彦君を庇い始めた。
「まあ、俺だって家は貧乏だったけど、トシくんちってさ、もっと貧乏だったんだよ。ゆきちゃんみたいなお嬢様育ちには想像もできないようなところで育ってる。
トシくんはさ、台所の他に一部屋しかないボロアパートに親兄弟と住んでたんだ。遊びに行った時は、さすがの俺も衝撃を受けるような環境だったよ。知らなかったろ?
トシくんは家の話をしなかったからな。恥ずかしく思っているんだろう。
だからあいつにはガッツがある。あの上昇志向の強さはそこから来てるんだろうな。
金がなくて、頭もないから学も身に付けられなくて、それでもガッツでここまで這い上がってきた。立派だと思うよ。
だけど、働いて稼げるようになっても、資産家の嫁のおかげで贅沢な暮らしを送れるようになっても、まだコンプレックスが解消されてないんだろう。
…トシくんは友達だ。なんであいつがあんな風なのか、その背景も気持ちも分かる。だから、今のままじゃダメだろうが、いつかは成功して欲しいと思ってるよ…」
圭一とそんな話をしてから、かれこれ7年が経った。
俊彦くんは圭一が予想した通り、地方創生事業コンサルタントとしては1年もたずに廃業してしまい、件の事務所は跡形もない。
その後も果敢にチャレンジを続けているようだが、1年ごとに会社名と肩書きが変わり続けている。
最も新しい肩書きは、設立したばかりの合同会社の「最高経営責任者」だ。
一方で、肩書きに拘らない圭一の会社は順調に業績を伸ばし、事業も着実に成長を続けている。
少し前に、金曜ロードショーで「バック・トゥ・ザ・フューチャー」を放送していた。
とても懐かしかったが、1980年代に人気俳優だったマイケル・J・フォックス主演の映画といえば、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」よりも「摩天楼は薔薇色に」という映画の方が、私には思い出深い。
兄のお気に入り映画だったので、セリフを覚えてしまうほど観たからだ。
それは、ど田舎のカンザスから大都会ニューヨークに出てきた若者が、大企業でメールボーイ(郵便物配達係)になり、知恵と大胆な行動力と愛嬌でチャンスを掴み、遂には社長に就任してゴージャスな美人の彼女も手に入れるという、まさにアメリカンドリームを絵に描いたようなコメディ映画だった。
映画の中で、マイケル・J・フォックスが扮する主人公のブラントリーは、本当はメールボーイだと気づかれないようにスーツで身を固め、偽の名前と偽の肩書を使って重役になりすますのだが、映画ではその大胆さが功を奏しても現実では犯罪である。
中身がないのに上辺を装い、自分を大きく見せることで相手を騙すのは詐欺師のすることだ。
そうした詐欺的手法は、いわゆる情弱ビジネスと言われるような虚業の世界ではよく見かける。
ただし、世間知らずでナイーブな人間でなければ騙されない為、海千山千の猛者たちがひしめく実業の世界では、見掛け倒しは直ちに見破られてしまうのである。
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【著者】マダムユキ
ネットウォッチャー。
最高月間PV40万のブログ「Flat 9 〜マダムユキの部屋」管理人。
画像出典:厚生労働省「職場の安全サイト」