2015年、僕はアルゼンチンに移住し、現地の女性と結婚した。
ある夏の日のこと、妻の知人が押しかけるよう我が家にやってきた。
女性の名前を仮にカミラとしよう。
妻とカミラは幼馴染と呼べるほどの付き合いだが、妻は彼女のことが好きではない。
カミラは小柄で、ややぽっちゃりしている。艶々とした長い黒髪に、ぎょろりとした大きな目。
ボディタッチが多く、大きく口を開けてよく笑う。まさに典型的なラテン気質の女性だ。
彼女にはアグスティンという恋人がいる。
10代のころから交際しており、数年前に待望の子供も授かった。
カミラたちは、スラム街近くの治安の悪い地域で暮らしている。
裕福ではないものの、彼女たちは幸せな生活を送っていると僕は思っていた。
「久しぶりね!元気にしてた?」
戸惑う僕たちを気にすることなく、カミラは家の中に入り、椅子に腰かけた。
「シュン、お客さんが来たら飲み物よ!パンでも食べながら話しましょ」
僕たちはお茶とパンの準備をし、招かれざる客の話に耳を傾けていた。
妻は明らかに嫌な表情をしていたが、僕はそれができない。
時に彼女の話に大きくリアクションをし、時に笑みを浮かべた。
退屈だなと思いながら聞いていると、突然カミラはこう切り出した。
「それでね、この前アグスティンに浮気がばれて大変なことになったのよ」
「どういうこと?あなたが浮気したの?」
妻がスマホをテーブルに置き反応を示した。
「そうよ。まあ半年くらいだけど」
カミラはあっけからんとして言った。
カミラは浮気話について詳細に語りだした。
「アグスティンは家で働いてるでしょ。子供が生まれてから、私も以前のように自由に外出できなくなって、文字通り24時間アグスティンと一緒に過ごすようになったの。彼のことは愛してたけど、いつも一緒にいると以前のような情熱を感じなくなったわ」
四六時中、アグスティンと過ごす生活が続いたことで、カミラはかつての恋心のようなものを失った。
それでも、初めはしょうがないと思っていた。
しかし、子供の手がかからなくなっても、状況は変わらぬまま。
そんなとき、インスタグラムである男にフォローされた。
初めは互いの自撮り投稿に「いいね」をつけるだけの関係だったが、ある日男からDMが送られてきた。
カミラは毎日のように男とチャットをし、次第に感情のつながりを感じ始めた。
そしてついに、子供をアグスティンに預け、男と対面したのだ。
その日、彼女は男と関係を持った。
「あなたは最低だし、恥ずかしげもなくそのことを話しているのよ」
妻は怒りを示しながら言った。
「そんなこと分かってるわ。でも浮気している時は、数年ぶりに生きている感じがしたのよ」
思わぬ形でばれた浮気と赤く染まる修羅場
カミラは男と何度も逢瀬を重ねた。
2~3時間なら、アグスティンや彼女の両親が子供の面倒を見てくれた。
しかし、アグスティンはカミラを怪しむようになり、何度もスマホをのぞこうと試みたらしい。
「だって、私はいつもスマホを肌身離さず持ち歩いてたからね。シャワー中もよ。ロックもつけるようになったし」
ある日、カミラはスマホを充電している間に、シャワーを浴びた。
アグスティンは仕事中で、スマホにはロックをかけているから大丈夫と思ったそう。
しかし、それが命取りになった。
シャワーを終え寝室へ向かうと、アグスティンが怒りの形相で彼女のスマホを見ていたのである。
もちろん、アグスティンはパスコードを知らない。
スマホロックを解除したのは、なんとカミラの娘だった。
彼女は母のスマホを見つけ、YouTubeを見ようと、アグスティンのところへ持っていった。
ロックされてるよと言うアグスティンの前で、彼女は見事にロックを解除したのである。
2歳児ながらも、目の前で何度も示されるパスコードを覚えていたのだ。
絶好の機会を得たアグスティンがスマホをのぞいたところ、カミラと男の親密なチャットを発見した。
愛する人へ持つ嫌な予感はいつも当たってしまう。
アグスティンは激しくカミラに詰め寄り、怒声を浴びせた。
しかし、小さな娘の前では、凶暴な怒りは出せなかった。
すぐに怒りの矛先は浮気相手へと向かった。
男にメッセージを送るようカミラに言い、ふたりは人目のつかない場所で男を待った。
男が現れると、アグスティンは男に殴りかかった。
ふたりは激しく殴り合い、アグスティンは男の太ももを銃で撃ったのである。
男の白いパンツはみるみるうちに赤く染まった。
「本当に怖かった。でも、アグスティンは私のために、まだこんなにも怒ってくれるんだって実感したの。強烈な愛情を感じて、またアグスティンのことが好きになったわ」
僕は呆然と話を聞き入ってた。
笑い話かのように浮気を詳細に話すカミラも、いとも簡単に銃を撃つアグスティンも、何もかもが異様だった。
仲の良いカップルは非日常を作る努力をしている
カミラはアグスティンとの間に情熱がなくなったと言うが、要するにふたりの関係性がマンネリ化したのだ。
退屈で物足りない日々の中、カミラは浮気というリスキーで大きな刺激を発見した。
しかし、結果的にカミラは再びアグスティンへ恋をすることになった。
それはアグスティンが、久しく見せなかった激しい嫉妬心や愛情、それに伴う銃で浮気相手を撃つという大胆な行動を見せたからだ。
カミラの話を聞き、長い期間交際するほど、非日常を作ることが重要だと僕は再確認した。
付き合いたての頃は、デートやただの散歩さえ特別なものである。
しかし、共に過ごす時間が長くなると、かつて特別だった時間が日常になってしまう。
知り合いの友人夫婦は、10代のころに交際をはじめ、30歳代中盤の今でも仲睦まじい。
彼らの関係性はまさに僕の理想だ。
一度、彼らとバーベキューをしているとき、仲良しの秘訣を尋ねた。
「シュン、俺たちは月に一度はモーテルに行くんだ。ほら、子供がふたりいるから家じゃあ楽しめないだろ。モーテルでビールやシャンパンを飲み、ジャグジーに入って、昔のように楽しむんだよ」
酔っていたこともあり、かなり大胆な秘訣を教えてくれた。
内容はともかくとして、友人夫婦は定期的に特別な時間を作る努力をしているのだった。
実は、僕たちも過去の苦い経験から非日常性を大事にしている。
育児や異国での仕事が妻との絆を深めてくれたが、次第にふたりの間にあった情熱の炎は弱くなった。
ある日、育児で自宅にこもりっぱなしの妻に、僕は外で自由を楽しんでくるよう言った。
それが功を奏した。
久しぶりの完全な自由を妻は満喫したようで、その日は自然と会話が盛り上がった。
僕たちに足りなかったのは、ひとりきりの時間だった。
それからというもの、僕たちは互いにひとりの時間を持てるよう協力し合い、再び仲は深まった。
また、義父母や友人の助けを借り、月に1~2回はふたりきりでデートしている。
健全な恋愛関係は、互いのプライバシーと非日常を作る努力があって、初めて成り立つのかもしれない。
ワンス・ア・チーター・オールウェイズ・ア・チーター
カミラの話はまだ終わっていなかった。
アグスティンが数日間留置所に入っている間、浮気相手が報復のため、毎日のように仲間を引き連れ自宅周辺に来た。
危険を察したカミラは、町から遠く離れた知人の家へ避難した。
その知人には従兄がおり、避難生活で暇を持て余したカミラは、毎日のよう彼らと会話をした。
そしてカミラは知人が留守にしている間、従兄と関係を持ったのだ。
今のところ、アグスティンはその秘密に気づいていない。
「アグスティンは野良犬みたいな良い男よ。粗暴だけど忠誠心があって、いつも私を待っていてくれる。時々、それが退屈でもあるんだけど」
2時間ほどカミラの独演会を聞いていると、外で車のクラクション音が鳴った。
ドアを開けると、80年代製のようなおんぼろ車が停まっていた。
忠実なアグスティンがカミラを迎えに来たのだ。
カミラが去った後、僕の頭にはあるセリフが浮かんでいた。
それは海外ドラマ『フレンズ』のレイチェルがロスに言った、”Once a cheater, always a cheater(浮気者は変わらない)”である。

画像提供:グーグル・マップ
【筆者プロフィール】
奥川駿平
1992年福岡県生まれ。立教大学卒。
2015年、当時付き合っていた彼女と結婚するため、アルゼンチン・ネウケン州へ移住。
2年間ほど現地で働いた後、2017年よりフリーライターとして活動中。
https://mobile.twitter.com/shunpeiokugawa
