深夜のバーで出会った「元」夫婦。そのカタチに私は路上で嗚咽した。

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
最新情報をお届けします。

まあ世の中は、他人の結婚話、いや、むしろ破局や離婚の話が大好きだ。


特にアーティストとなると、常人には理解し難い結婚生活や離婚の理由が報じられたりすることも。
その「理解しえない世界」に興味を持つのは、人間の性かもしれない。


しかし、「そこらへんの」バーカウンターで私が、ある「元夫婦」に出会った時のこと。


店を出た帰り道、私はまだ人通りのない明け方の路上に座り込み、朝日の下でひとり嗚咽した。

女にだって、酔いつぶれたい夜がある

あれから、まだ5年も経たないと思う。


当時、都心に住んでいた私には、食事がてら通う、行きつけのバーがあった。
自宅から歩いて10分ほどの住宅とオフィスが混在するエリアで、とにかく料理が美味しく、若いバーテンダーが気さくで、ひとりで入り浸るにも居心地の良い店。


常連が多いので、行けば誰かと話に花が咲く。
午前3時の閉店までだらだらと過ごすこともしょっちゅうで、閉店後に従業員と居酒屋に行くこともあった。


ある時、その隣のビルの3階に新しいバーが開店した。
これがまた、なんだか得体の知れない店でもあった。
行きつけの閉店後に数回寄ったことがあったが、常連、というより、「身内」しかいないという印象の所。


しかも、営業日は店主の気まま、という感じ。商売っ気がないというかなんというか。
ただ、朝まで営業してくれているので、何か月かに1回は足を運ぶことがあった。


その時間になれば、もう、飲めればなんでもいいのだし。


その夜も、ふらふらと…
その夜、内容はもう忘れてしまったが、私は何か嫌なことがあって、いつものバーで閉店まで飲み続けていた。


そして物足りなくて、隣のバーに足を運んだ。


5席しかないカウンター。幸い、左端の席が空いていたので、いつものようなアウェイ感と共に席に座り、とりあえずジャックダニエルのロックを注文した。


隣の4人と店主のノリにはついて行けそうにないが、多少飲んでしまえば、隣の人に平気で話しかけるのが私だからそれでいいのだ。


こんな日は、その晩居合わせた人とその場だけ盛り上がって、知らぬ間に眠って、とりあえず日付が変わってくれればいいのだ。


私から見て奥の2人の若い美女は、いわゆる飲み屋の女性。外国籍のようだ。
この2人が、カウンターの向こうの店長にガンガン酒を飲ませている。


そして、その手前にスレンダー美人といった感じの女性がひとり、その手前に物静かな感じの若い男性がひとり、そして私。


なんのタイミングか何がきっかけか覚えていないが、隣に座っていた男性に話しかけたら、彼は意外なことを語った。


「隣にいるの、嫁、というか元嫁なんです。離婚したんですけどね」。


いや、一緒にすごく楽しそうに遊んでるじゃん?

自分がちっぽけで情けなくなった

普通に、楽しそうに隣で酒を飲んでいる男性、まだ30前後で自分より若い。


奥の女性陣が、店主と笑いあっている間。


「元嫁、ってどういうこと?なんかあったの?」


思わず聞いてしまった。


でも彼は、あっさりと答えた。



「んー、俺ね、ガンなの。進行性なの。」



…見た目には全く分からない。


「そうなんだ」


とりあえず、そう返すしかできなかった。
バカなことを聞いた自分が恥ずかしくて仕方ない。


「元嫁」のスレンダー美女は、変わらず奥の飲み屋の美女と店主と盛り上がっている。


彼曰く、
「元嫁」とは結婚してまだ数年。


しかし、ガンが見つかった。
摘出は不可能な、いわゆる骨のガンだ。


こういう場合の「余命宣告」が、どのくらい確かなものなのかは私には分からない。
しかし、摘出ができないとなると、対処療法を続けながらいかにQOLを上げるか。
それが重要になる世界だということくらいは知っている。


今はまだ普通に見えても、ガンで命を落とす人は、最後の数か月に一気に衰弱する。
だから「入院してなくていいの?」という質問はナンセンス。


しかし、そうなる前に、彼らは決めたのだ。
別離が遠くない将来であることを認め、「他人」として生きていくことを。


子供もまだいない。彼は彼女に、「彼女だけが決められる未来」を差し出した。
そして彼女は、それを受け取ったのだ。


その上で、今もこうやって2人で遊んでいる。


「どうせなら、1日でも多くこうやって遊んでる方がいいじゃん?」
「で、お前何を悩んでんの?しょーもないこと言ってんじゃねーぞ」


普通なら生意気と感じる口のききようだが、言えるはずもない。


自分が情けなくなった。


今こうやって目の前で柔らかく話す彼が、若くして事実を知らされた時の心情。
そこから、夫婦でどんな話し合いをして今に至ったのか。


思いかけて心が潰れそうになった。
それを押し殺して、私は飲み続けた。


彼の手を握り、私の体には私の、彼の体には彼の血液が巡っているのだと感じたことだけは覚えている。


そして、馴れ馴れしいと思われても構わない、その場にいた全員に混じって一緒に笑った。


少なくとも、楽しかったからではない。
偶然居合わせた他人が楽しむ姿を、少しでも見ていたかったのだろう。


奥ではしゃいでいる、ミニスカスーツの2人のことも思った。


私は夜の商売を否定するわけではない。
しかし、彼女らはこうやって憂さ晴らしをしながら、強かに生きているのだ。

こんな不条理があっていいのか

閉店時間。


私はその彼となんども握手をした。


理由は分からない。
しかし、おこがましいけれどこんな私でも、と、エネルギー交換でもしたかった気分だったんだと思う。


大通りを渡って、酔いと共に色々な想像が頭を巡って、気がついたら涙が溢れていた。


まだ人のないオフィス街。
あと数時間すれば、この歩道が行き来するサラリーマンでごったがえすような場所。


しかしもう、限界だった。


叫びたかった。
自宅ではなくて、この残酷な青い空に向かって。


バカヤロー。なんであんなに優しい男の先が短くて、自分みたいなのらりくらりとした人間が生かされてるんだ。交換しろ!


電柱をなんども殴って、そのままへたり込んでしまった。


交番に連れていかれようがどうなろうが構わない。アスファルトに照りつける朝日が肌に刺さった。

コンクリートの街と、小さく暖かい呼吸

どれくらいの時間、そこでへたり込んでいたか覚えていないが、一台の乗用車がすぐ脇に止まった。


「大丈夫か?家どこだ?」


「近く」


「送るから、乗って!」


自分の車で通勤途中の、トラック運転手だった。


車で2、3分。
自宅マンションの手前に着いてもなお、訳のわからないことを泣きながら延々と話す私に付き合い、最後には、


「とりあえずメシは食え」


といって、コンビニの小さな袋を渡された。


「昼飯にしようと思ってたんだけど、いいから持って帰れ」。


カップラーメンとおにぎり、お茶が1本。
お礼を言って、自室に戻って、そのお茶を飲みながらもうひとしきり泣いて、眠りについた。

ひとつ聞いていいならば

その後、その彼と彼女がどうしているかは分からない。
この世にいるかもどうかも分からない。


ただ、全てにおいて「これから」のふたりが出した結論。


自分がそうなったら、パートナーに何を伝えるだろう?
パートナーがそうなったら、自分はどうするだろう?


「それでも構わない。残った時間を一緒に過ごしたい」


大抵は、そう言うのではないだろうか。


そこに賛否はないけれど、私はこの「元夫婦」の決断を、素晴らしいと思った。
彼のオファー、そしてそれを受け入れた「元嫁さん」の、これは優しさではないだろうか。


普通だったら、そんなに簡単に「わかった」なんて言わないと思う。


しかし彼女もまた、彼の「決断」を尊重したのだ。
お互いの未来、お互いの決断。


全てを尊重しあう若き「元夫婦」に、ひとつの大きな愛のカタチ、それゆえの「優しさのカタチ」を教わった。


<うさぎ66号>
アラフォーWebライター。大学卒業後、東京の一部上場企業に就職、それなりに勤めたのち退社。学生時代は主に夜の世界を学び、数多くのサラリーマン観察を経験。学校では「動物行動学」を専攻としていたため、人間の行動のなかに野生の本能を探す癖がある。

[Photo:Zoriana Stakhniv]


『不二夫のフレグラン』


ーーーにおいで遠ざかり、匂いが近づけた。一組の家族の物語。


【あらすじ】
気がついたら、離れていた。とある家族の物語。
今日は妻と映画を観よう。急いで帰宅した矢先に、妻とママ友の立ち話を耳にする不二夫。 「うちの夫も最近加齢臭が……」
ショックを受け一人ソファで寝ていると、追い打ちをかけるように娘が家出してしまう。
不二夫は娘を見つけ出し、家族との距離を縮めることができるだろうか……

第1話~7話 絶賛公開中!
第8話 7月26日(金)公開!




特設サイト
不二夫のフレグラン
気がついたら、離れていた。とある家族の物語。今日は妻と映画を観よう。急いで帰宅した矢先に、妻とママ友の立ち話を耳にする不二夫。「うちの夫も最近加齢臭が……」ショックを受け一人ソファで寝ていると、追い打ちをかけるように娘が家出してしまう。不二夫は娘を見つけ出し、家族との距離を縮めることができるだろうか……




Translate »