ヤザワになれない不良〜ネコノミクス宣言〜

あーーーーーあぁ…、早く帰りたいなぁ。


窓に大粒の雨が激しく叩きつけられる様子を見ながら、私はこの居心地の悪い席を早く辞したいとばかり考えていた。


とはいえ、ゲリラ豪雨と落雷の中ではここから動けない。
お茶を濁しながら夏の嵐が通り過ぎるのを待つより他無いのだ。


大体私はこんなところに来たくなかった。
けれど、高額ビジネスセミナーの会場で知り合った、自称コンサルタント会社経営者である上杉 謙也からの呼び出しに、尻尾を振って応えたのは他ならぬ私自身だ。


上杉はスポーツマンなだけあって、逞しい体つきの押し出しがいい男で、当時40歳を少し過ぎたところだったが弛みのない見た目は若々しかった。


服装も洒落ており、口さえ開かず座っていれば何かしらクリエイティブな仕事をしているような人種にも見えた為、私は彼に好印象を持っていたのだ。


その為、彼から「紹介したい人が居るから会おう。すごい人だからね。ゆきちゃんがやろうとしてることにも役立つと思う」と声をかけられた時には単純に嬉しかった。


その気持ちが反転したのは、「くれぐれも失礼の無いように」と上杉が事前に知らせてきた「紹介したいすごい人」の肩書きに目を通した瞬間からだ。


「◯◯会 会長 真鍋 仁」


◯◯会…。ネーミングセンスの独特さから言って、それはどう考えても裏社会の看板だ。
何故自分がそんな人物に紹介されるのか謎だし「行きたくない」と思ったが、気が進まなくても出かけることにしたのは、上杉の誘いを断ったが最後二度と彼から声がかからなくなるのが嫌だったからだ。


それに、「人と人とを繋げればビジネスチャンスが生まれる」と信じている上杉が、真鍋と引き合わせようとシティホテルのカフェに招いたメインの客人は、昭和の時代から日本各地で大陸系の人々が生業としてきたビジネスの関連会社社長、財前だった。


財前は規制が厳しくなった家業の前途を見捨てており、余力のあるうちに裏社会と紙一重の金儲けからクリーンな表のビジネスに軸足を移そうとしているとの話には興味が湧いた。


待ち合わせ場所に着いてみると、上杉が既に真鍋会長の鞄持ちをしながら待っており、そこへ「社長は遅れます」と財前の部下がやってきた。
互いに名刺の交換をして一先ず席につき、上杉が口上を述べた。


「今日皆さんにお集まり頂いたのは、地方都市で大規模な婚活イベントを成功させてきた実績とノウハウを持つ真鍋さん、地方創生のフィールドワークをしている◯◯大学の岡田先生、同じく地元の活性化を目指してイベントを企画しているペーパークラフト作家のゆきちゃんと、新しいビジネスに挑戦し始めたばかりの杉本社長、このメンバーが一緒になれば何か面白いことが一緒に出来ると思ったからです」


出だしから目が点になった。
上杉には私がハンドメイド作家の為のセミナーやマルシェを企画しているという話をしつこいほどしてきたのに何を言っているのだろう。


私は地方創生やら地域活性化には一切興味がないし、私が企画しているのはハンドメイドマルシェであって合コンパーティではない。
ペーパークラフトなど作ったこともないが、ハンドメイド作家という単語が咄嗟に出てこずクラフト作家とでも言いたかったのだろうか?


「私はペーパークラフト作家ではありません」


と、会話中に三度はっきり否定したが、女の話は耳に入らない性質なのか、三度とも無視されその後も私は「地元の活性化イベントをやりたがっているペーパークラフト作家」という前提で話が進められた。


上杉によると、真鍋会長は地方都市で参加者数百人単位の婚活イベントを何度も成功させており、そのノウハウを25万円で販売しているとのことだった。


つまり、私にそのクソみたいな合コンノウハウを買えということなのだろうか?25万円も出して?何のために?


私は目をそらし、やり場のないわだかまりを「ふふっ」と口から吐いた。


大仰な名前の団体の会長職を務めている割には厳ついところがなく、鷹揚なおじいちゃまといった風情の真鍋によれば、婚活イベント運営そのものは微々たる利益しか出ない。


実際は結婚相手募集のため参加者が持ち寄る子細な個人情報(住所、電話番号、メールアドレス、家族構成及び家族の情報、学歴、職業、年収、希望するマッチングの相手)をリスト化し、そのリストを各方面に販売することで利益を上げる商売だという。


あまりのセコさに呆れる気持ちが「ふふふふっ」と口から漏れた。
失望を禁じ得ない私が無愛想を隠さず場が白けたところへ、「遅れてすみませんね」と颯爽と財前が現れたのに誰もがホッとした。


財前は40代半ばを過ぎたあたりだろうか。
30分以上遅れてきたにも関わらず、全く悪びれるところのない態度が気持ちよく感じるほどの男ぶりの良さだった。


きっと育ちがいいのだろう。博徒の家系ではあるが、生まれてから一度も金に不自由した経験の無い者だけが持つのびやかさがある。


財前が登場しただけでその場の空気が替わったが、席について素早く注文を済ませた彼が各々の名刺にざっと目を通し、自己紹介よりも先に放った一声で空気は更に変化した。
今度は凍りついたのだ。


「で?僕は忙しいのにどうしてもと言うから今日はわざわざ時間を割いて一応顔を出しましたが、ここに居る皆さんと僕が知り合うメリットって何ですか?」


正直であると言うより合理的な人なのだろう。
私も胸の内で思っていたけれど上杉の手前口に出せなかったセリフを、かくも軽やかに言ってのけた財前が眩しい。


一瞬にして面目丸潰れとなり、引きつった上杉が言葉をつまらせながら真鍋会長の個人情報販売業について説明し、その手法で集めたリストは財前社長が足を踏み入れたばかりの新しい仕事にも活用できるのではないかと提案したが、財前は笑顔で無視し自分の新規事業について語り始めた。


その新しい事業とやらも、「今は美味しいですが恐らくこの業界もそう長くは保たない。荒稼ぎしたら手仕舞うつもりなんですよ」などとあっさりと言う。真鍋のようにせこくはないがこちらもまともではない。


しかし、まともでなくとも知性の裏打ちがある頭の回転の速さと弁舌の歯切れ良さには、「あぁ、この人はインテリの経済ヤクザなのだなぁ」と惚れ惚れせずにはいられない。


財前のおかげで帰りたい気持ちが収まった私は先刻までの態度を改め、愛想良くホステス役を引き受けて会話を盛り上げた。
1時間ほど財前の独壇場と化した茶会は、外の嵐が収まったのを機に財前が腰を浮かせて散会となった。


部下を連れてさっさと姿を消した財前を見送った後に私も帰り支度をしていると、憤懣やるかたない顔の上杉に呼び止められ、突然頭ごなしの叱責を受けた。


私の名刺の受け渡しマナーが悪いと言うのだ。
名刺をやりとりする際にマナーの弁えが無いのはとても失礼なことであり、おかげで非常に不愉快だったと責め立ててくる。


私は彼にどやされて、しおれるどころか怒りと軽蔑をはっきりと表情に浮かべた。
もしかしたら剣のある目で睨み返したかもしれない。


確かに私は勤め人としての経験がろくにない。
正しい名刺交換のマナーについては教わることもなく知識がなかったので上杉の指摘は確かに当たっていただろう。


しかし、だから何だ?


何度否定しても間違った肩書きで私を呼び続けておいて「お前の態度は失礼」だなどと、一体どの口が言う。


恐らくは財前が帰るなり上杉が私を小突き始めたのは、私の不手際が理由では無いだろう。
その場にいた面子の中で一番年若く立場弱いのが私だったので、赤っ恥かかされたストレスのぶつけどころに私を選んだだけなのだ。この男どこまで無様なのだろうか。


上杉は上杉謙信と名前が一字違いだとして、血族でも無いのに自分を戦国武将になぞらえていたが、弱きを踏みつけ強きにへつらう男に名を持ち出されては名将も迷惑に違いない。


高校時代はビーバップハイスクールを地で行ったらしくお約束通り矢沢永吉を尊敬しているのだが、えいちゃんから真の漢気を学んだ様子もないのが残念だった。


7年前のこの日を境に私は上杉をすっぱり見限った。
しかし、この男の行先に待ち受ける零落を見るのも面白かろうと繋がりはまだ残してある。


SNS上では常に威勢を誇る投稿しかしていないが、いくら虚勢を張っても実際には火の車のやりくりであることを私は知っており、それについて語り出せば長くなるのでまた別の話として置いておこう。


どれほど強く締め付けたとしても世の中から不良が消えることはない。
それでも社会と法律が変わり日本のヤクザは随分と生き辛くなった。


けれど、財前のようなスマートな経済ヤクザはこれからも強かに生き残っていくのだろう。
現代では渡世人の世界も頭脳格差が経済格差を生んでいるのは表社会と変わりがない。


Twitterで人気の猫組長は、元山口組系二次団体の幹部であり、世界を股にかけて巨額のアングラマネーを稼いでいた経済ヤクザだ。
著書のほとんどを読んだが、金の流れで世界の動きを読む独自の視点は大変面白い。


「一旗あげよう」との志を持つ者は、金という現実を理解しなければどの世界に根を下ろそうと一生うだつが上がらないと心得ておくべきだろう。

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マダムユキ
ネットウォッチャー。最高月間PV40万のブログ「Flat 9 〜マダムユキの部屋」管理人。
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Photo by Miguel Ángel Hernández on Unsplash