処女にこだわる韓国財閥令嬢が生きた1990年代の青春〜パラサイト〜

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ジュウンは可愛い子だった。


日本大使館とバッキンガム宮殿のすぐそばにある外国人向けの語学学校は、授業料が最上級に高かったので、生徒は先進国から来ているか、途上国から来たスーパーお金持ちかエリートに限られていた。


英語が苦手なわけではないが、渡英したばかりでまだ耳が英語に慣れておらず、ヒアリングとスピーキングのスキルが低かった24年前の私が最初に入れられたのは、「中級ー初歩」のクラスだ。
このクラスではイギリスで生活していく中で必要な日常会話からレッスンが始まる。


この学校には世界各国から生徒が集まっていたが、東アジア人の大半は日本人で、ぐっと数を落として韓国人と香港人、台湾人が居た。ユーロ圏からはイタリア人とスペイン人が多かった印象だが、彼らは他のヨーロッパ人に比べると騒がしいので目立っていただけかもしれない。


授業開始ギリギリの時間にドアを開けて教室に入ってきたジュウンを初めて見たとき、「わぁ、可愛い子だな」と思った。


色白で整った顔立ちに、細く整えられた眉とスッと上向きに引かれたアイラインがシャープで洗練されており、肩にかかる髪は赤味の強い明るい茶色に染められていた。


東アジア人の外見はよく似ているが、女性の場合は化粧の違いから国籍の見分けがついたので、ジュウンが韓国人であることは韓国なまりの英語を聞く前に分かった。


そして、私はその可愛い韓国の女の子から、まだ知り合ったばかりだというのに処女であるかどうかについて真剣に質問され、少なからず困惑することになる。


ことの成り行きはこうだった。


ジュウンは私よりも数ヶ月早く入学していたのだが、まだ初歩のコースから抜け出せていなかった。
高い授業料を払っているのに休みがちで、遅刻も多かったからだ。
きっと勉強があまり好きではなかったのだろう。


それでも、たまに学校に来れば様々な国籍と人種の男の子たちに囲まれて楽しそうにしていた。
ジュウンの可愛い顔立ちとクールな雰囲気は、東アジア人だけでなくヨーロッパの白人男子たちの目にも止まり、羨ましいほどモテていたのだ。


大抵はジーンズを履いていた彼女が、ローラ・アシュレイの甘くガーリィなワンピースを着てきただけで、学校中の男の子たちが「今日のジュウンはいつもと違うよね」と話題にするほど人気があった。


そんな可愛いジュウンと私も仲良くなりたかったので、授業でたまたま隣の席に座ったのをチャンスにお茶に誘い、放課後学校近くのカフェへと繰り出したのだ。
彼女の金魚の糞だったスイス人のトーマスも一緒に付いてきた。


ジュウンが「ここがいいわ」と入った宮殿近くの高級カフェは天井が高く、広々として開放的だったが、席につくなり彼女は、


「私の韓国の家のリビングは、ここよりもずっと広いのよ」


と言い放ち、それで私は彼女が大金持ちのお嬢様であることを知った。


そして、私と同い年でまだ結婚を考えるような年齢ではないのに、彼女には親に決められたフィアンセが居ることや、彼が会いに来るときには必ずヒルトンホテル最上階のスイートルームを予約することなどを話してくれた。


ジュウンは恐らく財閥令嬢だったのだろう。
けれど、韓国社会についての知識がゼロに近かった私はどう応えて良いのかわからず、ジュウンの話に薄い反応しか返せなかった。


自分が生きている世界と違いすぎて、韓国の財閥令嬢の生活がどんなものなのか、頭の中で上手く想像できなかったのだ。


しかし、可愛いだけじゃなく大金持ちで、何一つ不自由ないはずのジュウンは憂鬱そうだった。
そして、やたらと処女の話にこだわり、品の良いカフェであたりを憚らずバージンバージンと繰り返した。


「ねえ、日本では女の子が処女か処女でないかってどのくらい大事?韓国ではね、私たち女の子は結婚するまで絶対に処女でなくてはいけないのよ。絶対に、なの。
韓国で結婚するには、バージンか、バージンじゃないかがすごく重要だと思われている。今の時代にまだ処女性が重要だなんて、本当にバカみたいだと思わない?」


とか、


「ロンドンでは、まだ若くて結婚してない男女が同棲しても何の問題もないでしょ。そんな人いっぱい居るわよね。でも、韓国人はできないの。
もしも留学中に男の子と同棲なんかしたら、韓国人コミュニティでとんでもないビッチってことになって大問題になるわ。不良だと決めつけられて、帰国後もずっと責め続けられるのよ。おかしいでしょ?
なんでこんなに窮屈なの。ロンドンはこんなに自由なのに、私は不自由なのよ!」


だとか、韓国ではいかに女の子たちが純潔と貞淑を強要されているかについて、延々と嘆くのだった。


「どうして韓国では処女であることがそんなに大事なの?」


と聞いてみたら、


「韓国はね、キリスト教徒がものすごく多いの。そのせいかもしれない」


という答えだったが、韓国ではキリスト教系新興宗教の活動が活発なので、それら新興宗教の信者が多かったということではないだろうか。


もちろん当時の私はその程度のことも知らなかったが、恐らくはジュウン本人もヨーロッパに根付いている伝統的なキリスト教と、韓国で盛んなキリスト教系新興宗教についての違いがよく分かっていなかったに違いない。


そして、処女性が重んじられるのは、どちらかといえばキリストの教えよりも、儒教と家父長制の影響だろう。


「女の子は処女でいなくちゃいけないなんて、韓国って本当に時代遅れで信じられない!」


とカリカリ苛立っていたジュウンは、あの時抱かれたいと強く願う相手がいたのだろうか。
もし居たとして、それは親に決められたフィアンセではあるまいと思われた。
そして、目の前にいる不細工なトーマスでもあるまい。


彼女が当時、自分が属する社会のタブーを侵したいほど激しい恋をしていたのか、それとも渡英して自由の空気を吸い、同世代の外国の女の子たちが自由に恋とセックスを楽しんでいる様子を目の当たりにして、どうにもやりきれなくなっただけなのか、私には分からなかった。


いつも男の子には囲まれていたが、学校では同胞である韓国人グループと口を聞かず、女友達もいない様子のジュウンは、既に韓国人社会の中では白い目で見られていたのかもしれなかった。


その後、二度と彼女とおしゃべりをする機会は持てなかった。
ジュウンが学校に来なくなってしまったためだ。


いつもジュウンに引っ付いて離れなかったトーマスに聞いても、「彼女は電話にも出てくれず、急に連絡が取れなくなってしまった」と肩を落としていた。


次にジュウンを見たのは、それから数ヶ月後だ。
その日、ようやく英会話に不自由しなくなった私は日本から観光に来た友人たちにロンドンの街中を案内していた。


ガイドブックを片手にお目当ての雑貨店を探して歩いている最中に、向かい側から歩いてくるジュウンに気がついたのだ。


「あっ。ジュウンじゃない?久しぶり。元気にしてるの?」


と声をかけると、


「あら。久しぶりね。元気よ」」


と、私を覚えていてくれた。そして、


「実はあれから引っ越しをしたの。今はこの近くに住んでるわ」


と、簡単に近況を教えてくれた。


大した言葉は交わさずに別れたが、ジュウンはしばらく見ないうちに、少し雰囲気が変わったようだった。
いくら開放的になる季節とはいえ、ちょっと開きすぎなんじゃないかと思える胸元の肌の白さが目に焼き付いた。


多分韓国人だろうと思われる男の子を後ろに連れていたが、彼はヒルトンのスイートに泊まれるお金持ちの大人の男性には見えなかった。
話に聞いていたフィアンセではないだろう。


そして、「ジュウンはもう処女じゃなくなったんだろうな」と思った。
それが彼女を見た最後だ。


その翌年、韓国は通貨危機を迎えて国が破綻する。
IMFにより救済されるが、それまでとは社会構造が大きく変わることになる。
そして同年、日本では山一証券と北海道拓殖銀行が破綻し、私はロスジェネになった。


今年、外国語映画で初めてアカデミー賞の作品賞を受賞した「パラサイト」を劇場で見ながら、私はジュウンを思い出していた。


ジュウンの家族やフィアンセは、あの通貨危機の混乱を生き抜いただろうか。
それとも没落しただろうか。


財閥として生き残っていれば、映画で描かれた「寄生される側」の世界で今頃生きているだろう。それとも、母国の閉塞感を嫌い、とっくに外国へ逃げてしまっているだろうか。


「パラサイト」も大いに話題となったが、近頃は韓国のフェミニズム文学も注目されており、日本でも書店へ行けば訳書が並んでいる。


あの頃の私は、まだギリギリ日本が豊かだった時代の呑気で無知な学生だったため、ジュウンの心情を汲み取ることができなかった。


あの日のジュウンは、ただ「処女でいるのが嫌」と嘆いていたのではなく、「生きづらい」と言いたかったのではないだろうか。


そして、少なくとも彼女は、自分を縛るものに対して疑問を持ち、彼女なりに精一杯反抗していたのかもしれないと、映画のスクリーンを見つめながら思いを馳せた。

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Author:マダムユキ
ネットウォッチャー。最高月間PV40万のブログ「Flat 9 〜マダムユキの部屋」管理人。
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Photo by zhang kaiyv on Unsplash

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