失業して怪しい微生物に手を染め、人生が変わった男性の話

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これは、非常時に自分のやるべきことを淡々と実行し、自分の道を作り上げていった男性のお話です。

東日本大震災後に失業した私のいとこ

私にはほぼ同年代(30代後半)のいとこがおり、彼は以前、東北で働いていました。
彼は一言で言うと、「スレてなくて、すごくイイ奴」。
例えるならば、爆笑問題の田中さんのような、ほんわか和み系の雰囲気です。


田舎に帰ったとき、私たちはよく一緒に寺を走り回ったり、落ちていたBB弾を集めたりして遊びました。
「金田一少年の事件簿」の単行本を貸してくれて、私が少年漫画にハマるきっかけをくれたのは彼でした。


そんないとこは大人になって東北のある複合施設で働いていましたが、東日本大震災ののち、解雇されました。


東京に移住することになり、ひとまず新たな職場にアルバイトとして働きに出るものの、あるとき体調を崩して突然片足が動かなくなってしまう事態に見舞われました。

東京で本に囲まれた生活を送る

いとこは、このままではせっかく得たアルバイトの仕事すら失ってしまうと思い、いろんな病院で診断してもらうものの、どこの病院に行っても「原因不明」と言われ、それゆえ治療法がありません。すっかり途方に暮れていました。


ところが、彼はあるとき突然仕事を辞め、図書館で毎週のように本を大量に借りる生活を始めました。


本人は「貯金が少しあるから、しばらくは大丈夫」と言うものの、図書館では借りられない医学関係の高額な本も買ったりしていて、もしかしたらおかしくなってしまったのか?と私は心配する日々でした。


しびれを切らした私は、いったい何を熱心にやっているんだといとこに問い詰めたところ、彼はこう答えました。


「もう病院には頼らない。自分で病気を治そうと決めた。東洋医学、西洋医学、民間療法のあらゆる本を読み漁っている」。


いとこが言うには、そもそも複合施設で働いていたときはかなりの激務で、ずっとストレスが溜まっており、仕事終わりには居酒屋のはしごをして食べ過ぎ・飲み過ぎで、肥満気味だったそうです(確かにかなりポッチャリしていました)。


しかし東京で「本の虫」生活を開始してからは、食生活を見直し、かなり体型もスッキリしてきたのがわかりました。


そして理由はさっぱりわかりませんが、片足が普通に動く日も増えてきたりして、徐々に「俺のやっていることは間違っていない」と確信していったようです。


そんな実験的な試行錯誤の日々を過ごしている中で、「野菜」の質がいかに大事かに気づき、次に野菜を育てる「土」の大切さ、最終的には「微生物」がカギらしいとたどり着いたようでした。


微生物について調べる日々でしたが、彼は素人ですし基礎知識がないため、だんだん本を読んでいても理解不能なことばかりになって、ついに壁にぶち当たってしまいました。
それならば!と今度は引きこもるのをやめ、外に出るようになりました。


そして、先進的な考えの臨床医の話を5,000円で聞けるという食育講座に参加していたとき、農法アドバイザーをしているというノホホ〜ンとした天然っぽい雰囲気の謎の老紳士と出会ったのです。

謎の老紳士との出会いで、家庭菜園をはじめることに

謎の老紳士は、そのセミナーで話していた臨床医の友人らしく、農家さんたちに薬を使わず質の良い農作物を育てる特殊な農法を伝授している方でした。


いとこが被災した話や片足が動かなくなった話をとても親身に聞いてくれ、なんとその方は、「一回自分で野菜を作ってみなさいよ」と特殊な肥料セットをタダで大量にいとこ宛てに送ってくれたのです。


私もいとこの紹介でこの謎の老紳士と一度だけ会ったことがありますが、この方もいとこも若干浮世離れしているので、ホワ〜ンとした男たちが2人そろって要領の得ない会話を続けているのは、それはそれで貴重な場面を見た感じでした。


いとこは、なけなしの貯金をはたいてプランター3台とスノコとスコップ、ジョウロなどの家庭菜園グッズを購入。
老紳士から教えてもらったやり方で、家庭菜園をスタートしました。


私はいとこの奮闘をずっとハタから見ていたのですが、土を入れたのに全くタネを撒かず、1ヶ月の間、プランターに入れた土ばかり眺めています。


震災から苦難にぶち当たってばかりのいとこですから、大丈夫かなとハラハラしていたのですが、どうやら土づくりに1ヶ月かかるということで、土の変化を観察していたようでした。


この土づくりの最中、いとこが苦手な種類の虫が寄ってきますし、カラスもやってきますし、大型台風もこんにちはという感じで、なぜこんなに試練が多いのかと悲観的になってもおかしくない状況なのですが、いとこは一つ一つの課題に、淡々と対応していました。


そして、ついにほうれん草が芽を出し、収穫したときの喜びは私も忘れられません。
収穫の時点では虫もつかず、見るからに生命力にあふれた高品質なものができあがっていました。

しれっと商いをはじめるいとこ

本来であれば、農家でもなく商社でもなく資金すら一切ないいとこは、その肥料を製造している会社の与信審査の条件を全く満たしていないため、その肥料を入手することができません。


しかし、持ち前の「人が良いオーラ」と「何があっても淡々と今できることをする精神」で老紳士と仲良くなり、特別に老紳士経由でその肥料を仕入れられることになりました(ちなみに老紳士はその肥料製造企業のトップと仲良し)。


いとこは、「非常時こそ、食だ」と口癖のように語るようになり、個人で畑をやっていたり屋上で家庭菜園をやっている人たちとつながって、農法の情報交換をしに行くようになりました。


そして、いとこが作った野菜の品質を見るやいなや、いつの間にか相手がいとこのお客さんになっているのでした。


実際、本人は売りに行くというよりは、ただ肥料(つまりは微生物)への愛と、東日本大震災の実経験を主に話しているだけなのです。


「営業している」と捉えると双方構えてしまってコミュニケーションのハードルが高くなりが、情報交換、と考えるとお互い自然に話せるようでした。
ちなみに、その肥料を個人が買えるルートを作ったのはいとこです。

非常時だからこそ気づけること

その後、いとこは1人で会社を作ることになりました。
お客さんは自分が対応できる数のみに絞り、自分から商売を大きくするつもりはないそうです。


ただ、その農法に興味を持ってくれた人に深くじっくり伝える活動は地道にしています。
このご時世、安全な食糧の確保を自分でしようと考える人も増え、売上は順調のようです。


「農作物を育て、食べる。」という生きるための根源的かつクリエイティブな行為は、「時短」推しする現代の風潮とは真逆の行為です。


しかし、「ただただ、無意識に消費に向かわされること」に疲労と違和感を覚えはじめた都会の人たちには響く様子で、「自宅の庭やベランダで植物がすくすく育っていくのを実感すること、出来上がった生命力あふれる野菜を有り難くいただくこと」に満たされるという声が多いそうです。


ちなみに、いとこの動かなくなった片足についてですが、今は杖なしで普通に歩いています(冬場、冷えて血行が悪くなると動かしにくくなることもあるようですが)。


なぜここまで回復したかは、よくわかりません。
しかし、それによって彼の食事は変わりましたし、彼の人生も変わりました。


いとこは大震災で被災したからこそ、人間にとって本当に必要なものは何なのか、少しずつ本質と向き合っていけたように思います。


非常時には、絶望してもいいですが、「今だからこそ気づけることは何か?」に焦点を当てるとうまく波に乗れるかもしれません。

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佐久間 雪
大学卒業後、営業職や管理職を経験したのち、独立してフリーのライターになる。

Photo by Austin Ban on Unsplash

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