つまらない学校だと思っていた。
私が思春期を過ごした田舎のお嬢様学校では、素行の悪い生徒は片っ端から退学になっていた為、残るのは大人しい生徒ばかりで窓ガラス一枚割れやしない。
私自身も大人しく過ごして中学から高校へはエスカレーターで上がったが、何も起こらない平穏無事な学校生活は、4年も続けばうんざりだった。
あれは、何も起こらない平和な毎日では刺激がなさすぎて、いつもため息をついていた16歳の春のことだ。
私は友達の冴子と教室の窓辺で日向ぼっこをしながら、連日のように
「あ〜あ、退屈。何か事件でも起こってくれないかなぁ」
などとぼやいていた。
そんなある日、私の望み通りに事件が起こった。
同じ学校で隣のクラスだったAが、自分の妹を包丁で滅多刺しにして殺したのだ。
中学一年生の少女が自宅で惨殺された事件は、全国ニュースでも大きく報道された。
あの頃の私が毎晩欠かさず見ていた報道番組「ニュース23」では、当時メインキャスターを務めていた筑紫哲也さんが、
「凄惨な事件が起きました」
と、神妙な顔をして第一報を報じたのを今でも覚えている。
番組では第一発見者である被害者の姉の供述に基づき、犯人とされる覆面をした男のイラストも用意されていた。
当初は、覆面をした黒づくめの暴漢が被害者の家に押し入ったと報じられた。
ニュースによれば、真夜中に不審な物音に気づいた被害者の姉が妹の部屋へ様子を見に行くと、そこで手に包丁を持った覆面の男と鉢合わせたが、男は窓から逃げて行った。
そして、妹が血まみれで死んでいるのを見つけた姉は両親の寝室へと駆け込み、妹が何者かに襲われて殺されたと話したという。
しかし鑑識が調べたところ、家には何者かが押し入った痕跡が見つからず、逃げた跡も見つからなかった。
聞き込み捜査でも、付近で怪しい人物の目撃情報は出てこなかった。
間も無く供述の辻褄が合わない姉が逮捕されることとなり、それは世間に大きな衝撃を与えた。
今でこそありふれてしまったが、当時は家族間殺人が非常に珍しかったのと、学校では真面目だと思われていた不良でない子供が凶行に走る事件は、それまで例が無かった為だ。
「普通の子供がなぜ?」
という疑問と議論がメデイアで盛んに繰り返された。
Aが逮捕された翌朝、私は朝礼時間に学校長のアナウンスを聞きながら、「何の話をしているのだろう」と不思議に思っていた。
校長先生は、
「登下校中に報道関係者に話しかけられても、決して口をきいてはいけません」
と、私たちに念を押すのだが、一体何のために箝口令を敷こうとしているのかさっぱり分からずにいると、隣の席の子が「隣のクラスのAが逮捕されたんだよ」と教えてくれた。
朝のニュースで被害者の姉が逮捕されたことは知っていたが、未成年者で実名が出ないため、それがAだとは分からなかったのだ。
事件の背景は、Aと仲が良かった女の子たちから伝わってきた。
Aの家は再婚家庭で、Aは父親の連れ子であり、母親と妹とは血が繋がっていないこと。
その継母と妹からAは家庭内で虐められ、家事をさせられていたこと。
妹はAよりも容姿が悪く頭の出来も劣り、姉と同じ学校を受験したものの失敗して、公立中学校に通っていたこと。
そして、Aが我が子よりも出来の良いことに腹を立てた母親は、我が子の受験失敗をきっかけに継子いじめを一層エスカレートさせており、そのことでAがひどく思い詰めていたことなどを聞いた。
事件が世間の注目を浴びていた間は東京から報道関係者が大勢やってきていたが、生徒たちの口は一様に堅かったらしく、そうしたAの家庭内の事情が下世話なワイドショーで流されることは遂になかった。
児童虐待という言葉を、当時の私は知らなかった。
メディアが児童虐待という言葉を使うこともなかったように思う。
子供の多かったあの時代には、今ほど子供の人権が尊重されておらず、親から子供、あるいは大人から子供への暴力やいじめが深刻な問題だとは考えられていなかったのだ。
当然「衝撃的な事件が起こった学校の生徒の心のケア」なんてされるはずもなく、学校からは箝口令以外に何の指示も指導もないまま、私たちは日常へと戻っていった。
事件からしばらくすると、他のほとんどの生徒と同じように、私はAについて話をしなくなったし、彼女を心配するようなふりもしなかった。
それをしていいのはAと本当に仲が良かった子たちだけで、私にはその資格がないと考えたからだ。
やがて、それぞれが大学受験の準備に突入する頃には、私たちの間でAのことは忘れられた。まるで始めから居なかったみたいに。
細やかな変化として、私はもう
「退屈だから何か事件が起こればいい」
なんてことは口に出さなくなっていた。その不謹慎さがよく分かったからだ。
次に私がAの消息を知ったのは、事件から3年あまりの時間が経った頃だ。
東京の美術大学に進学していた私は、ヘアサロンで順番を待っている間、目の前に置かれた女性週刊誌を何気なくめくっていてAを見つけた。
Aについて書かれた記事は、雑誌の巻末近くに載っていた。
未解決事件や過去に起こった事件のその後を追いかけるコーナーらしかった。
世間では忘れられていても、覚えている人がいるのだ。その女性週刊誌の記者も事件を忘れなかった一人だったのだろう。
警察関係者から取材したのだろうか、記事にはAが逮捕された瞬間のことが詳しく描写されていた。
そして裁判は既に終了しており、刑が確定していることも報告されていた。
事件は計画的で、殺害方法も残忍であったものの、Aが未成年であることと、犯行の動機には情状酌量の余地があるということで、保護観察処分となっていたのだ。
私はてっきりAは少年院に送られたと考えていたので、彼女が保護観察対象とはいえ社会の中で普通に暮らしていると知って驚いた。
そして、殺人を犯したのに情状酌量を考慮されるほど、義理の母親と妹による家庭内の虐めは過酷だったのだろうかと思いを馳せた。
次にAのことを思い出したのは、私が長男を出産してしばらくした頃だ。
20世紀最後の時代にワンオペ育児という言葉はなく、それを嘆いても「女の甘えだ」と相手にされなかった。
女は子供を産んだら数年は子育てに専念するのが当たり前と考えられ、家事も子供の世話も母親のみが負担するのがまだ一般的だったのだ。
長男のことはたまらなく愛おしかったが、思い通りにならない子供と思い通りにできない我が身を抱えて毎日が辛かった。
そんな時に、たまたま書店で手に取ったのが「永遠の仔」だ。
「永遠の仔」はミステリー小説なのだが、ヒューマンドラマの側面が強い。
3人の主人公たちは児童虐待の被害者であり、成人した後も虐待によるトラウマに苦しんでいる。
その小説を通して、私は初めて「児童虐待」について知った。
それは生殺与奪の権を握る保護者が、抵抗できない立場にいる無力な子供を虐げる卑劣な犯罪だ。
しかし、物語には悪人が出てこなかった。罪人はいるのだが、悪人はいないのだ。
子供たちは親による苛烈な暴力と無関心の被害者であるのだが、加害者である親もまた社会からの抑圧や孤独の憐れな被害者として描かれていた。
簡単に断罪ができない人間の難しさに、私は考え込んでしまった。
私自身もまた、罪とは紙一重の人間なのだ。
物語の中で、傷つけられた子が母親をなじるシーンがある。
「あなたは自分の都合で、私を愛したり愛さなかったりした」
そのセリフが胸に刺さった。私も息子を自分の都合によって、可愛がったり疎ましがったりしていたからだ。
「永遠の仔」をきっかけにして、私は児童虐待についての書籍を何冊か読み、知識を増やした。
児童虐待とはどういう形の暴力なのか、そして虐待を受けた子供がどうなるのかを知った時、私は小学校のクラスメイトを思い出した。
痩せていて顔色が悪く、家に帰りたがらず、学校に来ても保健室でずっと寝ていた女の子のことを。そして、Aのことも。
Aはとても小柄な女の子だった。殺された妹の方が体格は良かったと聞いている。
Aの華奢な体型は、生まれつきの体質によるものだったのかもしれないが、もしかしたら成長期に十分な食事を与えられなかったのかもしれない。
虐待についての知識を得た後、なぜ凶悪事件を起こしたAが軽い処罰で許されたのか、分かったように思った。
家族間で罪が交錯する中で、事件と裁判に関わった大人たちはA一人に全ての責任と贖罪の義務を負わせられなかったのだ。
Aの現在の消息について手がかりはないが、高校を退学になった彼女はあれから学び直せただろうか、きちんと生きて自分の家族を作っただろうか、大人になって何を思うのだろうかと、今でもふと考えることがある。
「永遠の仔」というタイトルについて、本の著者は説明をしていない。
物語を読んでもその意図するところは不明なままなのだが、本を読んだ当時の私はこのように解釈した。
人間という生き物は大人になっても、親になっても、弱さや脆さを抱え続け、そのために罪を犯してしまう、永遠に悲しい仔なのだと。
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画像:総務省「追悼施設」
【著者】マダムユキ
ネットウォッチャー。
最高月間PV40万のブログ「Flat 9 〜マダムユキの部屋」管理人。