日常は突然に失われます。交通事故、天災、火災、そして病気などで、人生は突然幕を下ろされてしまいます。
そのような人を法廷で見ることがあり、それは犯罪の被害者だけではなく、被告にもいます。
窃盗で捕まった被告もその1人でした。
この被告は北海道で農業を営んでいたある日、くも膜下出血により倒れてしまいました。
命は助かりましたが記憶力を損傷し、日常の連続性を失ってしまったのです。
その後、農業の仕事を失い、妻とも別れてしまいました。
そして飢えによって万引をやってしまったのですが、その万引を働いてしまったことすら忘れてしまっているのです。
今これを書いている私にも、読んでいただいているあなたにも、人間であるならばクモ膜下出血が起こる可能性があります。
そうなると人生で積み上げて来たものが一気に瓦解してしまうのです。その恐ろしさを知った裁判でした。
窃盗したことすら覚えていない被告
窃盗の裁判を傍聴しました。被告は40代ぐらいの男性です。
罪状はただの万引なのですが、被告には物を盗んだ記憶はありません。
弁護士によると被告はくも膜下出血により脳へのダメージがあり、高次の脳障害を持っていたのです。
その為、記憶力をかなり失ってしまい、自分が物を盗んだことすら覚えていませんでした。

「取り調べで聞かされて『そうなんだー』と思いました」と被告は本件の記憶は無く、検察が被告の万引した状況や万引された商品を説明します。
それによると青唐辛子のオイル漬けや、お酒、お総菜、パンやカップ麺、老眼鏡やタンブラーなどを、盗んだクーラーバッグに入れて万引をしたようです。
被告の持っているお金は265円でした。
住居は実家になっていますが、親と喧嘩して家出状態でした。
「車があるときは車を運転していました」と被告は言います。
脳にダメージがある状態で運転して重大な事故にならなかったのでしょうか?
それについては「車の運転は大丈夫です」と証言していますが、親はヒヤヒヤしていたでしょう。
ある日、被告の車は親によって回収されてしまいました。
車を失った被告はホームレス状態に突入し、夜中に河川敷を歩くなどして生き延びます。
時期は9月になっており、北海道の夜はとても冷え込んだでしょう。
家出時に持っていた現金数万円はすでにありません。
本能的に命の危機を感じていたのではないかと思われます。
万引は生きるための自然な行動だったと思います。
法廷では被告に質問が浴びせられました。
検察「他のスーパーに行った?」
被告「行ってません」
検察「調書には行ったって書いてあるよ」
検察「なぜそこからショッピングモールに行ったの?」
被告「服でも見ようかと」
検察「クーラーバッグを盗んだ記憶はある?」
被告「はい、試供品かと思いました」
検察「お金が無いのはわかってた?」
被告「はい」
検察「いろいろ盗んでいるけど覚えてる?」
被告「覚えていません」
検察「値札を引きちぎっているけど覚えている?」
被告「覚えていません」
私は質疑を傍聴していると頭に疑問がよぎりました。
被告は罪を逃れるために覚えていない演技をしているだけで、本当は全部覚えているのではないか?
それほど受け答えはしっかりしているし、見た目にも脳に機能障害があるとは見えないからです。
しかし、やはり被告の脳はダメージを負っているようです。
クモ膜下出血になるまでの被告の人生からは、今この状態になるとは考えられなかったでしょう。
弁護士によって被告の生い立ちや犯罪までの経緯が説明されました。
被告の人生と突然爆発した頭の中の爆弾
被告は高校を卒業後クリーニング店で修行をし、自らクリーニング店を経営します。
その後トマト農家となり、内縁の妻と一緒に農業に従事していました。
そんなある日、くも膜下出血により倒れ、大きな病院へと救急搬送されます。
そこで手術を行い一命はとりとめたのですが、脳にダメージを負ってしまいました。

私はここまでの被告の身上経歴を聞いて「エネルギッシュな人だ」と思いました。
無気力な人間にはクリーニング店の修行や自営をすることはできません。
そしてクリーニング店はお客様の大切な衣服をお預かりする仕事です。
どんなに丁寧な仕事をしてもクレームが来ることは免れることが出来ないと、他の裁判で聞いたことがあります。
その経営者ということですから、責任の重い仕事をやってきたのです。
また農業も大変な仕事です。
トマトを作るのはビニールハウスなどの初期費用がかかってしまいます。
天候に左右されない分、毎日やるべき作業がある仕事でもあります。
人並みに稼ぐには人件費をかけて人を雇う必要もあり、そうなると経営者としての責任もありますし、何かあれば破産してしまうこともあるでしょう。
この2業種の自営業という経歴からうかがえるのは、被告の生命力の強さです。
被告は他人に頼らない、自分の力で生きていく生き方をしてきたのでしょう。
そんな被告人のエネルギッシュな生き方がクモ膜下出血によってガラリと変わりました。
被告は術後リハビリ施設に移り、1年のリハビリを経て退院しました。
しかし生活は難しくなり妻とは離れてしまいます。
身体には問題は無いのですが、とにかく記憶ができません。
お見舞いに来てくれた人の事を覚えておらず、そもそもリハビリ施設に移ったことすら覚えていないのです。
それまでの被告の人生や生き方は、クモ膜下出血によってガラリと変えられてしまいました。
記憶力を失い、社会と上手くやっていくことが出来なくなったのです。
そのような脳の状態では生きるのもつらかったでしょう。
仕事は続かなくなり、両親とも仲が悪くなってしまいました。
そして家出をし、ホームレス生活になったのです。
「大変だな・・」と私は思いました。しかし、クモ膜下出血は誰にだって起こる事なのです。
クモ膜下出血とものわすれ
被告の担当医によるコメントが法廷で述べられます。
それによると「物忘れがあるから気を付けた方が良い」と注意され、やっていることを忘れてしまう危険を被告につげたことがあるとのことでした。
自分でクモ膜下出血について調べてみると、いろいろと分かりました。
脳動脈瘤というコブが破裂して起こる病気であること。
人の約1%が脳動脈瘤を持っていること。
クモ膜下出血が起こると、その半分が死亡か昏睡状態になってしまうこと。
さらに治療を受けても正常の状態に社会復帰できるのは25%とのことです。
被告はこの25%に入ったのですから、幸運だったのかもしれません。*1
脳動脈瘤を持つ確率は1%。
この数字が高いか低いかはわかりませんが、私は自分の頭の中が暖かくなる気がしました。
今こうしている時にも血は流れ、ひょっとして爆発を待っている爆弾のようなコブがあるかもしれないのです。
高血圧、喫煙、過度の飲酒もリスクを高めるらしいので、これから気を付けようと自分の心に誓いました。*2
頭の中の爆弾が爆発すれば、命を落とすか重篤状態になる可能性があります。
運よく治療できても被告のように日常生活を取り戻すことが出来ず、経済的に困窮してしまうかもしれません。
生きるために犯罪に手を染めることだってあるでしょう。
その時は、ある日突然やってくるのです。
結論:日常の連続性と記憶
私は現在介護施設に勤めており、そこでは日常の連続性を失った利用者様がいらっしゃいます。
その中には、短期記憶は30秒と保持することが出来ず、同じことをくりかえす人もいます。
脳にダメージを負ってしまった被告も近い症状を抱えているのではないかと思いました。
記憶が出来ないということは、とても悲しく辛いことです。
ごくたまに正常になる時間があり
「ごめんね、私は頭がアホになっちゃったから・・」
とおっしゃる姿は見ていて切なくなってきます。
日常が続くことは貴重です。
日常が続くのは、私達の脳が記憶を保持しているからです。
昨日よりも今日、1時間前よりも今、前進できるのは過去を記憶し、日常が連続してるから可能になります。
そして日常が続く保証はどこにもなく、被告や介護施設の利用者様のように記憶力を失ってしまうことがあります。
ある日突然、自分の頭の中の爆弾が爆発するかもしれません。
その瞬間まで、後悔のない生き方をしたいと思いました。
*1東京大学脳神経外科「脳動脈瘤、くも膜下出血」
https://www.h.u-tokyo.ac.jp/neurosurg/rinsho/SAH.htm
*2大学病院医療情報ネットワーク「くも膜下出血」
https://square.umin.ac.jp/neuroinf/medical/101.html
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【著者】野澤 知克
自営業(飲食店)を営みながら、ふとしたきっかけで裁判傍聴にハマった傍聴ライター。
現在は専業ライターとして、裁判所に通う毎日。
事件を通して人間の「生き方」と向き合ってます。
