「実は、次の仕事はYouTuberもありだと思ってるんですよね」
と、小田さんは言った。
それが突拍子もない答えに思えて、私は返す言葉に詰まってしまった。
私たちはお互いに40代で、大企業の子会社に勤める非正規職員だ。平たく言えば、パートのおばさんだ。
契約には期限がある不安定雇用のため、非正規職員同士で顔を合わせれば、転職は頻繁に出てくる話題の一つだった。
この日も、
「ここの雇用契約が切れたら、次はどんな仕事をする?」
という話題で話を弾ませていたところ、私よりもまだ少し年齢の若い小田さんが、YouTuberも良い選択肢の一つだと言い出したのだ。
確かに動画配信は誰でも簡単にチャレンジできるが、職業としてYouTuberを考えるとなると、芸人や歌手のように現実味が持てなかった。
ストリートで芸を披露するのは自由だが、金を稼ぐプロとなると、なりたければなれるというものではないだろう。
「えー…。YouTuber。あー…、なんか最近流行ってるよねぇ」
そんなの流行り過ぎててレッドオーシャンどころの赤さじゃねぇだろうと思いながら、私は愛想笑いを浮かべて返事をした。決して馬鹿にしたつもりはないが、面食らってしまったのだ。
すると、小田さんはそうした反応を見越したかのように、余裕の笑みを浮かべて話し続けた。
「YouTuberだけで生活していくのは難しいかもしれませんけど、YouTubeで収入を得ること自体は、そう難しいことでもないんですよ。
現に私の友達で、YouTubeで動画配信して、毎月10万円ほど稼いでる人がいるんです」
「えーっ。それはすごいね!」
私は素直に感嘆した。こんな田舎町に住んで、動画配信で10万円も稼いでいるだなんて大したものだ。
「その友達が言うには、特別なことはしなくてもいいんそうなんです。『例えば、有名シェフが教えてくれる料理もいいけど、隣に住んでいるような普通の奥さんの、日々の食事の支度風景とかだって、見てみたいでしょう?世の中にはそういう需要があるのよ』って言ってて、なるほどなぁと思ったんですよね」
そう言われてみれば、私もプロの料理人じゃない一般人の料理動画を見たりすることがある。
「そっか。言われてみれば、確かにそうだね。でも私はネットに顔を出すなんて絶対に無理だなぁ」
そう言う私自身は一時期ブログで実名顔出しをしていたのだが、有名になりたいわけではない一般人が顔と名前を公開して情報発信をするメリットは殆どないと感じて、全てを削除したのだった。
「顔出しする必要なんて無いんですよ。もちろん、顔を出しした方がいい場合もあります。
例えば、その10万円を稼いでる私の友達は、お店を経営しているので名前も顔も出してます。
彼女みたいに自分の店舗を持ってると、顔出しすることでお客様からの信頼を得られます。動画を見た人がお店にも足を運んでくれて、副業のYouTube配信が本業の売り上げアップにも繋がっているんですよね」
ここで私は疑問が頭をもたげた。ということは、そのお友達は本業と無関係にYouTuberとして活動しているわけではなく、本業と副業がリンクしているということか。
ちゃんと本業で実績があり、その延長線上に動画配信をしていて、それがたまたま副業として成り立っているということではないだろうか。
「そのお友達は、どういう内容の動画を配信しているの?」
と聞いてみたところ、目を輝かせた小田さんからは、ほぼ予想通りの答えが返ってきた。
「友達は、東京でマクロビカフェを経営しているんです。それで、有機野菜を家庭菜園で作る方法とか、体に優しいお料理や、砂糖を使わないお菓子作りなんかを紹介してて、そういうのが好きな人たちに人気なんですよ」
そりゃそうだろうよ。その道のプロじゃねぇか。
てっきり私たちと同じように地方に住んでいる主婦かと思いきや、全く違った。小田さんが言う東京の友達とは、ひょっとすると日頃顔を合わせて親しく付き合うリアルな友人ではなく、Facebookの「友達」のことではないだろうか。
職場では隠していたが、小田さんはカラーセラピストとして活動しているキラキラ起業女子の一人だった。
なぜ本人が頑なに隠していることを私が知っているかといえば、彼女がネットに実名顔出しで活動しているからである。いくら本人が「秘密です」と言おうが、名前で検索すれば自己紹介に「起業家」と書いてあるブログやSNSがすぐに出てくるのだ。
だから、一般人がネットに名前と顔を出すのはやめておいた方がいい。
彼女は家族の反対を押し切ってサロンを開いたが、軌道に乗らず、2年と持ち堪えられずに閉めていた。今は確実に収入を得るために、こうしてパートで働いているのだ。
実店舗は維持できなかったが、カラーセラピストの仕事を諦めたわけではなく、活動の場としてYouTubeに期待をかけているのだろう。
動画配信にチャレンジしようとスマホ用三脚を購入したばかりだと、楽しげに語り続ける小田さんを見ていて、私は既視感を覚えた。
小田さんとの会話は、主婦の間で『ハンドメイドで稼ぐ』が流行った頃によく見た光景だと気がついたのだ。
専門知識も特別なスキルも持たない主婦たちの間で、アクセサリーや雑貨を手作りして収入を得ようとするのがブームになったことがある。
ブーム以前までは、ハンドメイドといえば一部の愛好家の趣味であったのだが、手作り品を気軽に販売できる専用サイトが複数立ち上がり、素人でも洒落た品が簡単に作れるハンドメイドパーツを販売する店も増えたことで、誰でも簡単に手作り品の販売ができるようになったのだ。
盛り上がりを見せるブームの中でチャンスを掴み、簡単なハンドメイド作品の販売で月に数十万円を稼ぎ出す主婦が出てきたり、作った作品が話題になってメディアでも注目され、一躍人気作家になってブランドや会社を立ち上げる者も現れた。
そうなると、ハンドメイド作家は知識、技術、資格、資金がなくても成功できる夢の仕事に変わり、かつては愛好家のものだった趣味の世界にズブの素人が大挙して押しかけた。
そして市場が活況を呈するようになれば、客を狙って本職の工芸家たちもやってくるのは当然の成り行きだった。
売り手が増えれば自然と競争は激しさを増していく。
やがて厳しい生存競争の中で、作家として己の地位を確立し、作品が高値で飛ぶように売れるのはプロと、玄人はだしの素人に限られるようになった。
優れたセンスと技術がなく、作品の個性と質の高さで勝負ができない素人作家は、
「売れっ子ハンドメイド作家になる方法」
「趣味を仕事にする起業家養成講座」
などの高額セミナーに課金するようになり、それでも売れなければ女子起業家のグループに入会し、更に様々な高額セミナーを渡り歩くようになる。
実力と人気は本人の試行錯誤で手に入れるより他に方法はない。
いくら高額セミナーに大金をつぎ込んでも売れるようにはならないため、「稼ぐ」ことを目的にする者はハンドメイド作家活動をやめてしまう。
「稼げる」と言われたから始めたのに、金は稼ぐどころか流れ出る一方なのだから続ける意味がないのだろう。
例え大きな儲けは出なくても、「ハンドメイドで稼ぐ」ブーム自体が去っても、コツコツとハンドメイドを続けているのは、元々手作りが好きで、自分と同じようにハンドメイドを愛する仲間やお客さんたちとの交流を楽しんでいる人たちだ。
そうした人たちは、続けるうちにいつか大きな芽が出る日も来るかもしれない。
高知県が産んだ文豪に、宮尾登美子という遅咲きの作家がいる。
彼女が文章を書こうと思い立ったのは、まだ農村で主婦をしていた若い頃だ。肺結核という当時の死病を患ったことがきっかけだった。
幸いにして病は快癒し、書く決意はしたものの、日々の暮らしに追われて時は過ぎていく。
実際に小説を書いて「婦人公論・女流新人賞」を受賞し、小説家として華やかなデビューを飾った時、彼女は36歳になっていた。
しかし、一時的に脚光は浴びてもプロの道は厳しく、その後は公私共に不遇の時代が長く続く。
貧乏の底を這う生活の中で、私家版(自費出版)で出した小説「櫂」が太宰治賞を受賞して再デビューを果たすまでには10年かかっている。
お金が無く、相手にしてくれる出版社もない中で諦めず、彼女は書き続けたのだ。
羅針盤のない航海を支えたのは、彼女の「書きたい」という情熱と、その才能を伸ばそうと寄り添い続けた夫の宮尾雅夫である。
情熱と才能を持つ者には、必ず支援してくれる理解者が現れるものだ。
逆に言えば、どれだけ「私はこれがやりたい」と熱意を持って続けていても、理解者が現れず、支援してくれる者も無いのは、見込みがないということである。
カラーセラピストとしてYouTubeで動画を配信しようとしている小田さんは、家族の無理解に業を煮やして離婚していた。
夢ばかりが膨らんでいくキラキラ起業家の大半は、よく知りもしない他人の話を信用する上、計算にも弱い。
収益を狙う新人YouTuberが大量参入している中で、動画配信が好きなわけではなく、カラーセラピストとしても人気のでなかった彼女が頭角を表す可能性はごくわずかだろう。
この先の彼女が、誰も見てくれない動画を撮り続ける虚しさに耐えきれず、焦った末に
「再生回数の増やし方」
「登録者数の伸ばし方」
などの高額商材に手を伸ばし、散財することのないよう祈っている。
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【著者】マダムユキ
ネットウォッチャー。
最高月間PV40万のブログ「Flat 9 〜マダムユキの部屋」管理人。