何をやっても上手く行かず人生に疲れていた知人が、演劇との出会いで人生を取り戻した話

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人生にはときに『何をやっても上手く行かない…』という辛い時期があります。
場合によっては、なかなか乗り越えられずに人生に疲れてしまう人もいます。


では人はそんなとき、どのようにして目の前の問題を乗り越え、生きていけばよいのでしょうか。
今回は、私の知人がそのような状態に陥り、そして乗り越えていった時のお話をご紹介させてください。

やることなすことすべてが裏目に出て、心が擦り切れていた

その知人は、ウェディングプランナーとして働いていました。


とある冬のこと、知人は自身のキャリアアップを目指して転職しました。
転職自体はすぐに上手く行ったものの、問題は入社後にありました。

キャリアアップの見込めない誰でもできる仕事、そして社内いじめ

キャリアアップを目指して転職したのに、入ってみたらやらされるのは自身のキャリアに繋がらない『誰でもできる仕事』ばかりだったのです。


お茶汲みや清掃のような雑務的な仕事と、先輩が受け持っていたはずのお客さんの問い合わせ対応など『当事者がやればすぐに終わるはずの仕事』ばかりをやらされて、彼は悩みました。
仕事の要望をしようにも、誰も相手をしてくれません。


そんな中、仕事の要望を通せるように、知人は人間関係の側からもアプローチしました。
積極的に先輩に挨拶したり、仕事後の飲み会に参加するなどして、交流を深めようとしたのです。


しかしこれがむしろ悪い方向に働きました。
いわゆるいじられキャラとして扱われたらしく、先輩たちの知人への接し方はだんだんといじめそのものへと変わっていきました。


ある日は先輩に入れたコーヒーをわざと目の前で床にこぼされました。
またある日は、知人がトイレに行っている間に、ロッカーにシュレッダーにかけられた紙くずの山を詰め込まれました。


しばらくは耐えていた知人でしたが、いじめがさらに悪化して、仕事中に財布から紙幣を盗まれるようになると、もう職場へはいけませんでした。

再転職を試みるも、短期間の転職が悪印象につながって上手くいかなかった

職場を変えようと再転職先を探し始めましたが、知人は複数の面接先で『すぐに転職したがる根気のないやつ』と扱われ、なかなか面接を通ることができませんでした。


キャリアアップどころか、自分の今後のキャリアが突然真っ暗闇に覆われてしまったかのような状態です。
知人の精神状態はひたすらに疲弊していき、それが余計に面接での悪印象に繋がりました。


そんな状況で何社も面接を受け続け、ようやくとある会社に入社できた頃には、知人はもう自分の人生を諦めていました。


入社した会社も、当初目指していたウェディングプランナーの仕事をするようなところではなく、全く関係のない他業種の仕事でした。


新しい会社では、前の会社で受けたようないじめに遭わないために主張をしない都合のよい社員として振舞いましたが、周りの社員からは『自主性のない消極的な人』として扱われました。

演劇との出会い

そのような経緯で、人生に疲弊した知人が出会ったのが演劇でした。
仕事への向上心も失い、持て余していた時間と空虚感が嫌になって、たまたま見つけた演劇の社会人サークルに入ってみたのです。


その出会いは知人にとって決定的な出会いでした。


演劇サークルは年に2回の公演を毎年行なっていて、素人ながら知人も次の公演に役者として出ることになりました。


たかがサークルとはいえ、実際に人前で公演を行うわけですから、その練習の量と時間はなかなかのものです。
仕事が終われば役としての練習を行い、自分の表現力に磨きをかけました。


演劇という非日常が、知人の人生に組み込まれ始めたのです。

意思と感情を全身で表現する演劇

演劇は知人にとって特殊でした。


『意思と感情の出し方』が、知人のいる日常的な社会人の振る舞いとまったくもって違っていたのです。


知人の日常生活において自分の本当の感情や意志は押し殺すものでした。
怒りたい時に怒り、泣きたい時に泣く。「好かれたい」「頼りたい」などの気持ちは、社会人として抑えて当然なのだと信じ込んでいました。


しかし、演劇は違いました。


演劇は距離のある芸術です。
舞台は観客と離れており、舞台のセットは観客の想像力によって支えられる稚拙なものです。
すべてのセットが現実どおりの映画やドラマとは違います。


そのような性質上、演劇は意思や感情を、全身を使ってオーバに表現します。


知人が入った演劇サークルの団長は、知人にこんなことを言ったそうです。
「人は感情を発するのも受けるのも恐れる生き物だから、役者としてその恐れを壊さないといけない」


感情を恐れる、という視点は過去の知人にはありませんでした。
嬉しいことも悲しいことも、押し殺すのが当然だったのです。

演劇との出会いで変わったもの

演劇と出会い、劇の中で役を演じるようになってから、知人は明らかに変わりました。
職場でもプライベートでも、自分の思っていること・感じたことを積極的に話すようになり、それについて相手にもどう感じるかを聞くようになりました。


結果、誰から見ても知人は『臆さず積極的にコミュニケーションする活発な人物』になりました。


「自覚はなかったけど、今にしてみれば、以前の自分は思ったことや感じたことを中々口に出さていなかったんだ。社会人として、大人としてそれが当然だと思っていたからね。でも、思いや気持ちを殺していると、人間的じゃなくなるんだ」


「人間的じゃなくなると、相手も自分のことを物か何かだと思って扱ってくる。人じゃないから、嫌がらせをしたり、それこそ物みたいに雑に扱っていいと思うようになる」


知人は変わる前の自分についてそのように語ります。
『感情を殺すのは楽だけど、人が人らしく自然に生きるには、ちゃんと感情をしっかり発して、そして相手からも受け取らないといけない』というのが、知人の現在の考え方です。

まとめ:疲れない人生の歩み方

なにをやっても上手く行かず、人生に疲れていた知人は演劇との出会いで自分の自然な生き方を取り戻していきました。


なにが彼を変えたのでしょう。疲れない人生の歩み方とは、いったいどのようなものなのでしょう。
結論から言えば、次のような心がけが大切です。

  • 自分の気持を殺すのをやめる
  • 感情を発し、受け取る

自分の気持ちを殺すのをやめる

人はときに、強いストレスから逃れるために、自らの感情を殺したり欠損させたりしてしまいます。


人間らしい感情を殺して、人ではない無機物になりきってしまえば確かに精神的な痛みや苦しさは消え去ります。


しかし一方で、人は感情を原動力に生きる動物でもあるのです。


感情が消えれば、人は生きる原動力を失います。
なにをするにしても身体が重く、動こうというモチベーションが沸かなくなります。


これが俗に『生きるのに疲れた』と呼ばれる状態です。


なので、逆に『疲れない人生』を歩むにはどうしても感情を摂取する必要があります。
食べ物と同様、人は気持ちや感情もしっかりと摂取する必要があるのです。


そのため、気持ちや感情を殺さないのは、『疲れない人生』を歩むための第一歩なのです。

感情を発し、受け取る

感情を殺さずにいられるようになったら、次はその感情を発し、受け取ることが大切です。


感情は内に秘めているだけでは大きくなりません。
人は鏡のような性質をもっているので、誰かに感情を伝え、そしてまたその反応を受け取ることで、さらに大きな感情を得ることができるのです。


感情の交流をやめれば、人の心は老います。
心が老いれば、毎日をエネルギッシュに過ごすことは決してできません。


感情を発するのは、抵抗のある人も多いでしょう。
歳を重ねれば重ねるほど、感情を表に出すのが『恥ずかしいこと』だと感じる人もいるのではないでしょうか。


しかし、人は物ではありません。感情を原動力に生きる動物ですから、感情を出さずに生きるのは不自然なことなのです。


感情を発し、またその応答を相手から受け取ることを恐れず、自分の人生をエネルギッシュに生きることを心がけましょう。


ライター名:sig_Right

プロフィール:元パティシエのITエンジニア。文筆業が好きで、仕事の合間にライターとして各所で記事を寄稿しています。得意な焼き菓子はシフォン。

<Photo:mostafa meraji>


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