ボロ雑巾になった私がホームレスに助けられ人生が変わった話

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「生きててもいいことないねん」
真冬の路上に泥酔し倒れていたホームレスは、私にそう言いました。


今から思えば、この男との出会い、この瞬間が私の人生のターニングポイントになったのですが、その時は想像もつきません。


ただ、これもまた人生のめぐり合わせなのだろうかと、今も不思議な縁を感じています。

私が人生に疲れてしまうまで

「3回言ってわからない人は馬鹿」。


それが我が家の家訓でした。
親は勉強や規律に厳しく、私は幼いころから不相応な勉強と、その結果を強いられていました。


100点を取ることが当然で、95点の時は大声で怒鳴られました。
子どもにとって親の承認を得られるかどうかは死活問題です。
だから、子どものころの私は、勉強だけが自分の価値でした。


いや、子どものころだけではありません。
偏差値や点数以外で評価されたことのなかった私は、大人になっても数値だけで人生を乗り切ってきました。


だから、自分のしたいことなどわからず、したいことをするという発想自体を持ち合わせていませんでした。


幼いころから、私は疲れていたのでしょう。
しかし、疲れていることにすら気づいていなかったのす。

疲労の山の峠へ

しかし、数値でその場を乗り切ることができたのは大学卒業まででした。


就職した会社でも、もちろん数値を出すことを求められましたが、それを達成するには、「円滑な人間関係」や「コミュニケーション」と言った、数値であらわせないものが必要です。
私は、それを身に着けないまま大人になってしまったのです。


そして仕事で、小さなミスを重ね続けました。
それは、コミュニケーションや対人関係が根本にあるミスでした。


注意されるたびに私は萎縮し、上司はいら立ちを募らせていきました。


「資料のここがだめだ」
「なぜそれを相談しなかったんだ」


そう言われるたびに、「お前の存在そのものがだめだ」と言われているようでした。


会社で数値を上げるためには、チームで働く必要があります。


しかし先ほども言った通り、私にはチームに必要なコミュニケーションや人間関係を築く力がなかったのです。
私が人生で唯一武器にしてきた数値も、ついに役にたたなくなりました。


そして入社から3年ほどたったある日の飲み会。
誰とも話さずジョッキを握るだけの私に、酔った先輩が絡み酒をしました。


「お前はな、暗いんだよ。面白い話してやるよ、お前が入社したときにはな、ずいぶんブサイクが来たって笑ったんだよ」


「暗い」と言われたのがショックだったのか、外見に言及されたのが辛かったのか、今となってはわかりません。


しかし、満杯のコップが耐えうる最後の1滴が入ってしまったのです。
私はこの時初めて「疲れた」と思いました。

逃避と回避

義務感と「生活のため」という動機だけで持ちこたえていた心が、ガラガラと音を立てて崩れました。ある日の出勤時間、突然体が動かなくなりました。


手足の爪の先1つ1つに鉛の玉をつけているようで、指一本すら重く、立ち上がることができませんでした。


刻一刻と出勤電車の時間が近づきます。
心だけはすでに駅に向かっているのに、体はがんとして動きません。


無理に動かそうとすれば、呼吸をするたびに胸が痛みました。


「息って、どうやってするんだっけ・・・」
生まれて初めての疑問を持ちました。


スマホに手を伸ばすこともできないまま、私は初めての無断欠勤をしました。
当然、会社から電話がかかってきましたが、私はそれに出ることが出来ませんでした。


電話の向こうから聞こえるであろう怒鳴り声が容易に想像できてしまい、恐ろしくて恐ろしくて、着信音が鳴り終わるまで布団の中で耐えていました。そんな日を何度か繰り返しました。


食事をしたか、お風呂に入ったかも定かではありません。
見かねた同僚の仲介によって、私は休職へ至りました。


診断は、うつ病でした。

その男との出会い

苦労して得た内定先で、わずか3年でこのようになってしまうなんて・・・。
私は自分を責めました。


心療内科で治療を受けても、不規則な生活をすることで精いっぱいでした。
食欲はなく、空腹と無気力を天秤にかけ、空腹が勝ったときにだけ食べるといった調子でした。
それもたいてい深夜で、周囲の人が寝静まった時間でした。


その日も私は、深夜2時過ぎに近所のコンビニへ向かいました。
できるだけ抵抗なく食べられるものを探し、500mlのミネラルウォーターとカップ麺を買いました。


機械のような足取りで帰路についたとき、私は道に倒れている男に気づきました。
こういう時、人間はぎょっとし、そして逡巡するものです。
できるだけ面倒ごとに関わりたくないと思いました。


しかし人が倒れているのです。
よく見てみると、右手には酒瓶、薄汚れたジーンズにジャンパーを着ていて、酔った路上生活者のようでした。


放っておこうかとも思いましたが、このとき季節は1月。
アルコールを飲んだ後に外で寝れば、凍死の可能性もあります。


こんな近所で死なれてしまっても気分が悪いので、私はその男に声を掛けました。


「おじさん、大丈夫?ねえ、起きられますか」


男はぼんやりと目を開き、顔をしかめて胃のあたりを抑えながら起き上がり、そして近くの側溝に盛大に吐きました。
こちらに吐かれなくてよかった、と妙に冷静なことを考えていたのを覚えています。


仕方がないので、私は、先ほどコンビニで買ったミネラルウォーターを男に差し出しました。
男はそれを受け取って、ふたを開けようとしました。
しかし、手が震えてうまく開けられません。


私がふたを開けてあげると、男は水をぐびぐびと飲みました。


そして、お礼もいわず
「よお、こんな酔いどれに声かけたなあ」
と関西なまりで言いました。


「まあ、死なれても困るんで」
と答えましたが、男はそれを聞き終える前に、飲んだばかりのミネラルウォーターを、もう一度側溝へ吐きました。


私の方は妙に冷静で
「それだけ吐けばすっきりしたでしょう」
と言いました。


男はミネラルウォーターで口をすすぐと、
「俺は病気や。病気で仕事を辞めさせられたんや。社宅から追い出されてもう何年かもわからん。病気は、昔の女からうつされたんや。あんた福祉の人か」
と一気にまくしたてました。


「いいえ、近所の者です」
と答えると、男はふらふらと立ち上がり


「そうか。生きててもいいことないわ」
と立ち去りました。

「勉強しいや、学生さん」

次の夜も、人の寝静まった時間に私はコンビニへ向かいました。
そしてミネラルウォーターを買って店を出たところ、昨日の男が棒のように立っていて、ぐい、と何かを差し出しました。


驚いてそれを受け取ると、新品のミネラルウォーターでした。


「昨日の礼や。待っとったんや」
「ど、どうも、わざわざ」
うろたえつつもお礼をいうと、昨日よりもはつらつとした声で、男はこう言いました。


「勉強しいや、学生さん」
本当に久しぶりに、「勉強」という言葉を聞きました。


散らかった家で男からもらったミネラルウォーターを飲みながら、私は勉強について考えました。


男は私を学生と見間違えたらしいが、私は本当に勉強してきただろうか、と自問自答しました。
勉強をしてきたのは確かでした。


しかし、それは親のための勉強でした。
親が恥ずかしい思いをしないため、自慢の子どもになるため、


「あの家のお子さんって優秀なのよ」


と言われるための勉強でした。


教師に褒められるための勉強であり、試験に合格するための勉強でもありました。
私は、何一つ自分のために勉強や仕事をしたことがなかったことに気づいたのです。


私は、男にもらったミネラルウォーターを一気に飲み下しました。
水は疲れを溶かし、同時に、混じりけのない思いが私の喉を通り、体へ浸透していきました。


それは
「自分のために勉強する学生になりたい」
という意欲でした。


人生で初めて、自分のために何かをしたいと感じた瞬間でした。

もう一度、自分のための勉強を

次の日、休職してから初めてコンビニ以外の場所へ出かけました。
書店でした。勉強できそうなことを探すためです。


まずは、今の自分の状態について知りたいと思い、私は心理学の棚へ向かいました。
そこにはうつ病の本が、専門家向けのものから一般向けのものまでずらりと並んでいました。


できるだけ簡単そうに書いてある本を1冊選び、棚から抜き取り、目次を開きました。
そして、「これなら、読めそうだ」と立ち読みを始めた瞬間、「自分のために何かをする」という、最高の贅沢に気が付きました。


熱い何かが、自分の中で動き始める喜びを心から感じていました。

結論(まとめ)

復職してしばらくの後、会社を辞めた私は、それまでの貯金をはたいて独学で大学の心理学部に入りなおしました。
なぜあれほどまでに人生に疲れてしまったのかを学ぶためです。


あの男と出会ったことをきっかけに、これまで他人にために勉強してきたのだと知りました。
それは恐ろしく、人の心を疲れさせる勉強でした。


今は、自分のために学ぶという、最高の贅沢を味わうことが出来ています。
知識を得ることは楽しいことなのだと知りました。


酔って吐いていたあの男は「生きててもいいことないわ」と言いました。
しかし私に、「勉強しいや、学生さん」という、最高のエールをくれました。


あれから、彼には会っていません。


もしもう一度会えたら、
「あなたのおかげで、生きててよかったと思えた」
と伝えたいと思っています。


ペンネーム:蜘蛛糸
プロフィール:大学院生(心理学専攻)・心理関連資格取得

<Photo:Matheus Ferrero>


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