淋しい女に飲み込まれる男たち〜パーマネント野ばら〜

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私は男たちからの誘いが面倒になると、いつも恵理さんを呼んでいた。
鼻息の荒い相手と出かけるのは気が進まないが、かといって今後も顔を合わせる機会があるだろうから無下に断るのも後々やっかい。そんな時に便利なのが恵理さんだった。


ロンドンの街で知り合う男たちは高学歴で、出自は良いところの坊ちゃんなのが多かった。
当然プライドも高い。


しかし私も当時は20〜22という若葉萌えるような歳の頃で、何の能もないくせに「若さ」という魅力を絶対的な価値と考え傲慢であること甚だしく、「ハイスペックである自分に声をかけてもらえてありがたいと思え」とばかりの男たちに対し、こちらも「何で私が下手に出ないといけないの?お前こそ私の機嫌を取れ」というほど居丈高であり、楽しく過ごせなければ食事代を払う男たちに世辞の一つどころか礼も言わない愛想の無さだった。


世間知らずで男あしらいも身についていなかった私には、恵理さんは大人の女のように思えた。
実際に年齢も私より7歳年上のお姉さんだった。


彼女はいつも笑顔で物腰柔らかく、腰に届くほど長い真っ直ぐな黒髪はたっぷりとして女らしさを強調しており、色白でふっくらとした頰が優しげだった。


愛嬌のある容姿に加え、決して露出はしないがフェミニンな服のセンスも慎ましやかな日本人女性らしくて男好きがし、男たちを一目で虜にしてしまうような女ではなかったけれど、しばらく一緒に過ごすうち次第に男たちのスケベ心がむくむくとその気になってくる女だった。


なので、「紹介したい友達がいる」と、二人きりの食事の席に強引に恵理さんを割り込ませても、男たちから文句を言われたことは一度もない。


むしろ彼らは私と二人きりの時よりもデレデレと鼻の下を伸ばしてすっかり上機嫌になり、おかげで私は面倒くさい相手から無事に解放される目処がついてホッとし、自らを「ハンター」と称する恵理さんは新しい獲物を得て目を輝かせ、三方良しで丸く収まるのだ。


うわぁ、東大卒だけあって「さ」すが頭がいいんですね!

え〜、アメリカでは常識なんですね。「し」らなかったぁ。

ふぅ〜ん、国連にお勤めだなんて「す」ごーい。

きゃー、ここのお店の生バンド演奏すごく素敵!「せ」んすがいいんですね。

へぇ〜、イギリスの大学院では「そ」うなんですかぁ。


男好きで如才ない恵理さんは、男たちといる間中大げさとも思える態度で、男が喜ぶとされる「さ・し・す・せ・そ」をひたすら連呼して場を盛り上げてくれた。


女同士のお喋りでは勿論そんな話し方をしないが、男を前にした恵理さんは大きく目を見開いたり、睫毛を伏せて流し目にしたり、表情には変化をつけるものの「さ・し・す・せ・そ」しか言ってない。


あほかと思うがそんな見え透いたおだてでハイスペック自慢の男たちがへらへらと喜ぶのだから、恵理さんに対しては「ようやるなぁ」という気持ちと「お手並み鮮やかだなぁ」という気持ちが半々で、呼んでは来てもらうたび毎度感心させられた。


アフターフォローも抜かりなく、当日は男とあっさりおやすみの挨拶をして私と一緒に帰っても、住所と電話番号はしっかり交換しており、「昨日はありがとうございました。とても楽しかったです」と礼状を出すのを忘れないため、自然男たちの誘い声のかけ先は私から恵理さんへと移っていった。


こんな風に書くとまるで恵理さんという女性はクラブホステスか何か玄人筋のようだけれど、そうではない。
日本でそこそこの大学を卒業し、就職をし、5年ほど勤めた堅い会社を辞めて留学のため渡英してきた、ごく普通の女性だった。
ただし会社を辞めることになった理由は、彼女が社内で起こした恋愛沙汰だったらしいけれど。


私たちは気が合った。と、言うより年上のお姉さんとはいえ可愛らしくて言動が憎めない恵理さんに私が懐いていたのだが、恵理さんと私は誘い誘われしながらよく一緒に遊んだ。


学校のカフェテリアで私たち二人に加え他にも似たような女たちが混ざり、ガールズトークに花を咲かせれば決まって会話の行き着く先は各々の恋の話だ。


中でも恵理さんは次から次へと男を変えながらその都度抜き差しならない仲になり、泣いたり泣かせたりを繰り返して身辺華やかであることこの上なかったが、私は恵理さんが何を考えているのかも何をしたいのかもさっぱり分からなかった。


ある時は2週間ほど連絡が取れなくなり、久しぶりに顔を見て元気がないと思ったら、べつに好きでもない男とニューヨークの夜景を見に行っていたのだと言う。
彼は恵理さんとの旅行に奮発してくれたそうで、眼下に摩天楼が広がる高級ホテルのバスルームから湯に浸かりつつ見下ろした夜景は胸に染みるほど素晴らしかったそうだ。


日本企業の駐在員だった彼は既にロンドンを後にしたそうだが、帰国のまぎわ恵理さんへの思いを手紙にしたためてくれたそうで、それを読んだら「とてもいい人でここまで思ってくれたのに、彼を全然好きになれない自分が悲しくて」泣いて過ごしていたと言う。


「へ?好きにもなれないのに夜景見たかったからって恋人のふりして二人で旅行いったんですか?バスタブもベッドも一人じゃなかったですよね?」


と妙な質問をしてしまったが、それに答える恵理さんもまた妙な表情をしていた。
私は彼女が何をしているのかよく分からなかったけれど、きっと本人にもよく分かっていなかったのだ。


またある時はいつ電話をかけても留守電になったままで、一体どうしたのかと心配していたら、今度は私が紹介したアメリカ人の大学院生といつの間にかデキていたらしく、別れる別れないで愁嘆場を何度も演じ、すっかり憔悴して引きこもっていたそうだ。


「えぇ、あれとですか!?」


と私は驚愕し、どうりで恵理さんは近頃急激に英語の発音が上手くなったはずだと納得した。
しかし、相手のアメリカ人は確かに英会話の個人レッスン教師にはもってこいのインテリだが、あれは子持ちの既婚者なのだ。


母国には留守を任せている白人の妻が居て、まだ幼い子供たちも二人居る。
しかも学生だから金もない。
マジ惚れするにはどうにもならなさ過ぎて相手が悪いと判っているのにどうして。


「彼は狡いと分かっているし心底嫌な奴だと思うけど、ズルズルしてしまって別れきれないの」と肩を落とす恵理さんに、私は


「何…、してるんですか……。」


としか言えなかったし、彼女もぼんやりと遠くを見やりながら


「何してるんだろう…。」


としか答えなかった。


恵理さんはその後も自分で捕まえた男たちや私が紹介した男たちと遊び続けた。


学校を卒業してもまた別の学校に入り直して学生ビザを更新し、生活費が心細くなればより安いホームスティ先を探して引っ越しながら、日本への帰国をできる限り先延ばしにしようとあがいていた。


学校は真面目に通っていたものの彼女に学びの目的があるようには見えなかったし、留学を終えた先にやりたい仕事がある風でもなかった。
男を渡り歩いていたけれど、結婚に結びつくような出会いを真剣に探している様子さえなかった。


ある時彼女は私の眼前で私の彼氏にまであからさまに媚びを売り、しきりと秋波を送ったことに私はすっかり腹を立てた。


また、その「もはや見境もなく手当たり次第」といった様子には、29歳という年齢にいよいよ焦る女の凋落を見るようで恐ろしくもなり、私の方が恵理さんよりも一足早かった帰国を機に連絡先を教えず縁を切ってしまった。


帰国後の私の人生には良いことも悪いこともあった。
そして綺麗事だけでは生きていけないと骨身にこたえて判ってからは、若い頃には下品と感じて毛嫌いしていた同郷の漫画家、西原理恵子の作品をとても好きになった。


私たちは何にもないのに愛されたい


「パーマネント野ばら」の作中にこの一文を見つけた時、私はあの頃の恵理さんの気持ちがしんしんと降ってくるように思った。


決して恵理さんだけじゃない。私自身も含め、当時私の周りに居た女の子たちは多かれ少なかれ、誰もが今淋しくて、将来が不安で、まだ何者でもないのだけれど何にもないのに愛されたかった。


ただ、恵理さんは元よりその思いが強かったところへ何も身につかないまま年齢を重ねてしまい、だから数多くの男たちから愛されることで「何にもなさ」を埋めようと懸命だったのだ。


擦り切れるほど使い古された「さ・し・す・せ・そ」なんて陳腐な手練手管に引っかかる男は今時いないと思いたいが、もしも男の前では媚びること憚りなく、「さ・し・す・せ・そ」以外に語彙のない女が寄ってきたら気をつけた方がいい。


よほど好みで惚れ抜いた挙句、彼女の底知れぬ淋しさも不安も丸ごと引き受けようとの気概がない限り、何にもないのに愛されたがりの女には手を出さないことだ。
彼女は内に抱える「淋しさ、不安、焦り」の沼に男たちを次々飲み込んでは吐き捨てていくだけなのだから。


Author:マダムユキ
ネットウォッチャー。月間PV30万のブログ「Flat 9 〜マダムユキの部屋」管理人。
リンク:http://flat9.blog.jp/

<Photo:Cristian Newman>


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