女と見れば口説くのが礼儀だと考えるイタリア男子に遊ばれた、真美さんの話。

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真美さんは震えていた。
顔も姿も見えないけれど、吹きこぼれているヤカンがかたかたと震えるように、電話口の向こうで怒りと悲しみと嫉妬と屈辱に焚かれて沸騰している様子が伝わってきた。


数ヶ月ぶりにロンドンに戻ってきた真美さんから連絡をもらい、待ち合わせてお喋りしながらランチして、手を振って別れてからまだ数時間しか経っていないというのに、昼が夜に移るまでの間に彼女の状況は一変してしまったのだ。


原因は真美さんが交際していたイタリア人の彼氏だった。


真美さんは当時20代半ばだったが年齢よりも若く見え、小動物を思わせるような小柄で可愛い女性だった。


エスカレーター式で大学まで行ける東京の名門お嬢様学校の出身で、整った顔立ちが愛らしい上に頭が良くて性格も良かった。


器量が良くて中身が良くて育ちまでもが良いのだから、誰からも愛されて当然だ。
実際に真美さんは男からも女からも好かれ、国籍を問わず人気者だった。


どの国の人が見ても真美さんは可愛いかったのだ。
だからこそ「可愛いMAMI」を彼女の友人たちは心配していたのだろう。


真美さんはしょっちゅう様々な国の友人たちに取り囲まれては、「アントニオとは今すぐ別れたほうがいい」と詰め寄られて困っていた。


語学学校のクラスメートたちによると、女たらしのアントニオには真美さんの他にも女が複数人居ると言うのだ。


ファッションカメラマン志望のアントニオにはパリに本命の彼女が居ると言う噂で、
「アントニオが駅でブロンドの女の子といちゃいちゃキスしながら歩いてるの見たわ。あれがきっとフランス人の彼女。ホリディでロンドンまで遊びに来たのね。やっぱり真美は二番目なのよ」


「あんなチャラい男と付き合ってたらダメだって」


「真美は騙されてるよ」


など、ドイツ人やらスイス人など真面目が取り柄のお国柄の友人たちが言うには、「イタリアの男は信用するな」ということらしかった。
彼らによれば、アントニオに限らずイタリア人の男には3人の彼女が居るのが普通らしい。


「彼女の座」ファーストプレイスに座るのはだいたいが地元のガールフレンドで、ゆくゆくは結婚するつもりで長く付き合い、他に何人女ができようとも「いずれは帰るつもりの地元の女」が揺るぎない1番なのだそうだ。


セカンドはいわゆる現地妻。ここに居る期間だけ恋人同士として甘い時間を楽しむ用の彼女で、サードに至ってはちょっとした浮気相手でしかない。


2番3番ならそれなりにすげなく扱われれば女にだって心積もりが出来るのに、ややこしいことにイタリアの男は2番目3番目の女たちにも手を抜かず、全力投球で情熱的に振舞うものだから、女の方では「私は彼に熱烈に愛されている」と勘違いし、「彼は私にこんなにも夢中なのだから、他に女がいるはずない」と素直に信じて疑わない。


特に日本の女は甘い愛の言葉を雨あられと降り注がれることに慣れていないので、言われたセリフの一つ一つを全て真に受けてしまうのだ。


純粋で騙されやすい日本人の例に漏れず、真美さんも
「みんなはああ言うけど、私はアントニオを信じてみたいの」
と言っていた。私は何も言わなかった。


二十歳そこそこだった私には、年上のお姉さんから恋の悩みを打ち明けられても、それに対して言うべきことなど何一つ思いつかなかったのだ。


真美さんは日系企業のロンドン駐在員である父親と一緒に暮らしていたが、親と一緒だったからこそいつまでもロンドンで遊んでいることはできなかったのだろう。


英語学校のコースを終了し、IELTSの試験を受け無事にハイスコアを獲得したら、それ以上イギリスに留まる理由は無く就職のため日本へと帰って行った。


帰国から数ヶ月後、束の間ロンドンに戻った真美さんとランチに何を食べたかは覚えていないが、何を話したのかは覚えている。


「アントニオとは、遠距離になったらきっとすぐ別れることになるんだろうなって思ってたんだけど、上手く続いてるの。意外でしょ?自分でもびっくり。(笑)
彼はメールもまめにくれるし、東京にも行ってみたいからって、一度日本まで会いに来てくれたのよ。彼と一緒に居るとやっぱり楽しくてね。不安だったこともあるけど、私のこと真面目に考えてくれてるのかなと思う。
アントニオが東京に滞在している間はウィークリーマンションを借りていたのだけど、私は実家住まいだから連日の外食や外泊には理由を話さなくちゃいけないでしょ。だから、彼を家族にも紹介したの。私の両親は交際に大反対だったんだけど、離れ離れでも私たちが真剣に関係を育んでいることだんだん分かってきたみたい。最近ではちょっとずつ認めてくれる方向に親の態度も変わってきたかな」


と、恥ずかしそうに、けれど「愛されている女」として自信たっぷりにアントニオとの仲について語っていた真美さんは、その数時間後に震える声で電話をかけてきたのだ。


「アントニオとは終わったの。私、背筋が凍ったわ……」


この短い間に一体何があったのかと、あまりの急展開に驚いた私は詳細を尋ねた。


「あの後アントニオと待ち合わせてたのだけど、おかしいのよ。彼は最近引っ越しをしているから、彼が今住んでるアパートに行きたい、部屋を見せてと言ってもなんだかんだ理由をつけてはぐらかして、絶対に私を家に案内しようとしないの。それでホテルに連れて行かれて、そこで休憩しようって言うから怪しいでしょ。部屋があるのにどうして二人きりになるためにホテルを利用しなくちゃいけないの?
そして3時間くらい部屋で過ごしたら、ディナーもせずに今日はもう帰るって言うし、絶対におかしいから、私、彼の後をつけて家を突き止めたのよ。そしたら、そしたらね、……彼、……彼、女と暮らしてたのよ!!!」


「え?……、えぇっ?」


「それだけじゃない。彼が今一緒に住んでる女がね、……日本人だったの!」


つまり、アントニオは真美さんの帰国後すぐに新しい日本人のガールフレンドを作り、その女性と一緒に暮らすまでの親密な仲になりながら、一方で真美さんにも愛のメールを送り続けていたのだ。


アントニオは真美さんと付き合ってみて、素直で優しい日本女性がすっかり気に入ったのだろうか。
それとも元々彼は大人しくて騙されやすい日本の女を狙い撃つ男だったのだろうか。


真美さんは怒りに身悶えながらも、アントニオと彼女が暮らすアパートに怒鳴り込むような真似はせず、屈辱に耐えて父親が待つマンションに帰ったそうだ。


真美さんの父親は娘の様子をひと目見るなり全てを察したようで、


「あいつに女が居たんだろ?」


と溜息をつき、青ざめた真美さんが頷くと


「お前も、これで分かったろ?」


と言ったきり、それ以上のことは聞かなかったそうだ。


海外駐在経験の豊富な彼には、イタリア男がどんな人種か、娘の恋がどのような結末を迎えるのか、おおよその予想がついていたのだろう。


親としては、愛娘が傷ついている姿を見るのは忍びないが、早めに蹴りがついて良かったと安堵しただろうか。


アントニオのことは早く忘れて立ち直り、これからは仕事に打ち込むわと前向きな誓いを立てて、真美さんの電話は切れた。


「目からハムが落ちた」


というイタリアの諺がある。
日本で言うところの「目から鱗が落ちる」と同じ意味だ。


人間の成長過程においては、恋の痛手もまた「目からハムが落ちた」貴重な経験に違いない。
心の傷と引き換えにしながら、人は少しずつ賢くなる。


イタリア語通訳として長く活躍されている「シモネッタ」こと田丸 公美子さんのエッセイ集を私が手にしたのは日本に帰国した後だったが、そこには女と見れば口説くのが礼儀だと考えるイタリア男子たちの生態が面白おかしく下ネタを交えて綴られていて、私は真美さんを始めイタリア男の毒牙にかかり泣いていた何人もの日本人の女の子たちの顔を思い浮かべた。


狩猟民族たる彼らは「一人の女に一途」なのではなく、「女を追いかけることに一途」なのだ。
そのため情熱的な口説き文句に女がほだされて陥落したら、あっとう言う間に興味を失うのも特徴であると心得ておきたい。


口先軽やかな男は愛もまた軽やかだ。
イタリア人だろうが日本人だろうが、女が自分に対する男の愛の重さを計るときには、「彼が自分に向かってどれだけ熱く愛を語ったか」で判断をしてはいけない。


判断基準となるのは言葉ではなく行動である。
「彼が自分に対して実際に何をしたのか」をしっかりと見るべきなのである。


Author:マダムユキ
ネットウォッチャー。月間PV30万のブログ「Flat 9 〜マダムユキの部屋」管理人。
リンク:http://flat9.blog.jp/

Photo by freestocks.org on Unsplash

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