600㎞の遠距離恋愛をしたとき、私が抱えていた秘密と、彼が抱えていた秘密。

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大学卒業と同時に、私は関西に就職、恋人は大学院に進学しました。


関西と関東、600キロの遠距離恋愛が始まりました。
お互いの姿が見えない毎日の中で、二人の間に秘密が増えていきました。
ところが、ある日恋人が突然私の家にやってきて、ある告白をします。

遠距離恋愛が始まるまで

私と彼が出会ったのは、大学のサークルでした。
高校生から続けていた吹奏楽を大学でも続けたいと思って入った音楽サークルで、トロンボーンを吹く勇壮な姿に私は一目ぼれしてしまったのでした。
大きな楽器を担ぐ姿も頼もしく見え、彼をより魅力的に見せました。


もともと恋愛に積極的だった私は、大学に入って出来たばかりの友達に協力を求め、猛アプローチしました。
恋愛に奥手だった彼を振り向かせることに成功し、そのまま3年間順調な交際が続きました。

遠距離恋愛の始まり

大学卒業まで交際は続きました。
理系の学部に所属していた恋人は関東の大学院へ進学することが、私は関西の一般企業へ就職することが決まりました。互いに自分の将来を真剣に考えて決めた進路でした。


遠距離恋愛になることは覚悟していました。
付き合っているとはいえ、互いの未来を縛ったり干渉したりして、関係を悪くすることは避けたかったのです。


話し合いをしたわけでもなく、二人の間にはごく自然にそのような雰囲気があったため、遠距離恋愛になることに抵抗はありませんでした。


もちろん寂しさは感じましたが、それよりも自分の未来が開けていくことに関心がありました。SNSもメールもある時代に生まれたことも、遠距離恋愛への抵抗感を和らげたのだと思います。


互いの引っ越しの日もあっさりとしたもので「じゃあ、また連絡するから。休みを合わせて、また会おう」という程度の挨拶でした。

遠距離恋愛中の私たち

幸い、二人ともまめな性格だったため、毎日、「おはよう」と「おやすみ」のLINEは欠かしませんでした。


元来不眠気味の私が眠れない日は、通話をつないだまま夜を過ごしてくれました。
二人で同じテレビ番組をみながら通話をしていれば、寂しさも感じませんでした。


離れていても通じ合えるような工夫を自然に重ねていたから、二人の関係は順調に続いていると思っていました。


それに、私は新しい仕事を覚えるのに精いっぱいだったし、彼も本格化する研究に没頭していました。
お互いに集中するべきものがあり、それをフォローしたり支えたりするのが恋人だというのが私たちの考え方だったのです。


会えない時間を寂しく思いつつも、忙しくすぎていく毎日を充実させることに重きを置くのが、私たちの自然な付き合い方でした。

私の秘密

彼との関係を続けながら忙しい日々でも充実させたい。
そんな私の願いは、仕事の忙しさに少しずつ押しつぶされていきました。


異動でやってきた上司に吐かれる暴言や減らない残業、取れない休みに耐えるうち、「充実させたい」と思っていたはずの毎日が、「早く過ぎてほしい」と思うものになってしまいました。


もともと不眠気味だった私はいよいよ眠れなくなり、食も細く、集中力もなくなり、ついには病院でうつ病と診断されるまでになってしまったのです。
私は診断書を提出し休職することに。


しかし、それを彼に言うことは出来ませんでした。


恋人と話している時は、少し元気になれるような気がしていたし、心配をかけたくないと思ったからです。
努めて、明るい声で電話をするようにし、仕事をしているはずの時間にメールやSNSの返信をしないように気を付けました。


ただベッドで横になり、疲れた体と憂鬱な心をどうにか休めるだけの日々が続きました。
彼に会いに行こうと思う気力も、どこかへ消えそうになっていました。

ある日突然訪ねてきた恋人

遠距離恋愛中、私と彼は1、2か月に1日会える程度でした。
それに、600㎞離れていたから、突然会いに来ることも出来ないはずでした。
だから私は、うつ病になって弱った自分を見られることはないだろうと油断していたのです。


ところが、休職中の3月のある日、恋人は約束もなく突然訪ねてきました。
インターホンのモニターに映る彼を見て心臓が飛び出しそうになったのを覚えています。
無我夢中で髪をとかし、最低限の身なりを整えて、恐る恐る玄関を開けて彼を迎えました。


すると、彼は泣き出しそうな顔をして、突然頭を下げ、そしてこう言いました。
「ごめん、論文が書けなかった。今年卒業できない」。


震える声で、恋人は研究がうまくいかないことを気に病み、大学院へ通えないほど悩んでいたことを告白しました。


「こんな状態だったのに、言わなくてごめん。研究頑張って、ってずっと言ってくれていたのに。卒業したら一緒に暮らそうって思っていたのに。卒業できなくて本当にごめん」
と、恋人は私に謝りました。


それを聞いた私は、急に気持ちが楽になりました。
なんだ、秘密を抱えていたのは私だけじゃなかったんだ、という考えが、頭の中にふと浮かんだのです。


「実はね、私も今休職しているの。うつ病になっちゃったの」
と、私はうつになったことを秘密にしていたことを打ち明けることができたのでした。

姿が見えないからこそ

その晩、私と彼は夕食を食べながら、互いが本当はどのように過ごしていたのか、長い時間をかけて報告しあいました。


私は、怖い上司の前に立つと足が震えることを、彼はいくら考えても論文の考察が書けなかったことを話しました。


そして最後に
「そんな情けない姿を、恋人に見せるわけにはいかない」
と思っていたことを共有しました。


私たちは、この晩の話し合いを通して、互いの姿が見えないことをいいことに、自分の本当の姿を見せようとしなかったことに気が付いたのです。
遠距離恋愛になる前は、ありのままの姿を見せることが出来ていたにも関わらずです。


言葉にこそしませんでしたが、私と恋人の間に
「見えないからこそ、本当の姿を伝え合おう」
という意識が芽生えた夜でした。

それからの遠距離恋愛

遠距離恋愛は4年続きました。
連絡が途切れそうになったときも、会えるはずの日に急に会えなくなったときもありました。
そういう時にこそ「寂しい」「本当は会いたかった」と本心を意識的に伝えあいました。


「また次があるから、会えなくても大丈夫」なんていう、聞き分けの良いことは言わなくなりました。


本音を言い合えるようになったことで、私の心の調子も少しずつ良くなり、復職プログラムに参加することができるまでに回復していきました。


彼も気持ちを切り替えて、研究テーマを決めなおし、1年後の大学院卒業に向けて新たなスタートを切ることが出来ました。

結論(まとめ)

4年の遠距離恋愛の後、恋人は計画通りに大学院を1年遅れで卒業し、関西の企業を選んで就職しました。
大学院で培った専門性を生かすことのできる職場で、大学院の学びが彼の仕事のモチベーションを上げているようでした。


私は復職後に負担の少ない部署へ異動し、安定した労働環境を得ることが出来ました。


そして、2人で2年間貯蓄をし、ついに結婚に至りました。


夫となった恋人は結婚式で、
「私たちは、一人きりで自分を幸せにすることは出来ませんでした。遠距離恋愛でそれを強く感じました。だから、一緒になろうと決めました」
とスピーチをしました。


いつでも会えるカップルをうらやまなかったことはありません。
けれど、遠距離恋愛だからこそ「私は一人では幸せになれない」と知ることができました。
誰かと一生を共にすることの意味を、遠距離恋愛が教えてくれたのだと思います。


ペンネーム:蜘蛛糸
プロフィール:大学院生(心理学専攻)・心理関連資格取得

Photo by Ben White on Unsplash

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