SM界に学ぶ、既婚男性がモテる理由について

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ここは六本木のとある会員制バー。
30代から50代の働き盛り、遊び盛りの男女が集まり、夜毎楽しい夜を過ごしています。
中には、趣味や生業としてSMに親しんでいる方々も多くいらっしゃいます。


今回のテーマは「SM界に学ぶ、既婚男性がモテる理由について」です。
SM好きなお客様たちとのお話しから得られた業界の知識を元に、なぜ既婚男性がモテるのかについて私見をお伝えします。

「SはMへの奉仕者」がSM界の通説

SMというのは、多くの方がご存知の通り、性的に倒錯した一領域を表すときに使われる用語です。
Sはサディズム(加虐趣味)の、Mはマゾヒズム(被虐趣味)の頭文字です。


当店に来られるお客様の中には、老若男女を問わず、趣味や仕事でSMの世界に関係している方々が幾人かいます。
「興味がある」といって目を輝かせる方を含めれば、数えきれないくらいです。


当店では、そういう倒錯した世界についての話題も歓迎しています。
彼らはグラスを傾けながら、仕事における哲学でも語るかのように、淡々と自らの性癖やSM論を話し合うのです。


詳述こそ避けますが、彼らの趣味や世界観は実にさまざまでした。
世間的には「変態」といわれる方々ですが、「変態」は彼らにとって誉め言葉です。


自分の性癖に独自性があることは誇れることなのです。
写真や絵画、映画など、芸術と結びつきやすい業界であるのは、そのせいかもしれません。


一方で、皆さんに共通する考え方もありました。
それは、「Sは、Mが喜ぶことを理解し、先回りするくらいの気配りができなければ務まらない」ということです。


一般的には、サディストというのは、マゾヒストに対して一方的な加虐行為を働くというイメージがあります。


しかし、SM界では考え方が逆で、サディストはマゾヒストが望むことをよくわかって、それを与える者であるといいます。
つまり、サディストこそがマゾヒストに対する奉仕者である、というのです。


Mは単なる被虐、受け身と思われがちですが、実は、主体性や意思はむしろMのほうにある、といいます。
そう考えると、サディスト側には相手に対する気配りや包容力が求められるということになりそうです。

既婚男性と未婚女性に見るSとMの関係

SM界のそんな逆説は、SMを公言するカップルを見ていると確かにその通りのように思われました。
それからだんだんと、SMとはまったく縁のなさそうな、普通の既婚男性と未婚女性のカップルにもその関係性を見るようになっていきました。


当店には既婚男性と未婚女性のカップルがよく来られます。
明確に既婚、未婚であるとの会話はありませんが、隣り合って座る二人の距離感、男女の発する狎れ合いの雰囲気、会話の内容などから、接客業に携わる者として自然と察せられるものです。


典型的な組み合わせは、年長の既婚男性と、その一回りほど年下の未婚女性。
あるいは女性も既婚かもしれないし、付き合っている男性があるかもしれません。
いずれにしろ、世間様から公認される間柄ではないということです。


男性に共通する特徴は、知的である、包容力を感じさせる、ユーモアセンスがある、細かな心配りができる、経済力がある、などです。


一方、未婚女性の特徴は、明るい、無邪気、若い(年齢的にも、精神的にも)、ちょっとわがまま、そして容姿端麗であること、などです。


じつは、この既婚男性と未婚女性のカップルの特徴は、前出の当店に来るSM関係のお客様方の性格とそっくり共通しています。


あくまで私の見立てですが、どうやら年上の既婚男性に惹かれる女性にはM的な性質があり、その相手となる男性はS的な要素があるようです。
それくらい、SMカップルの発する雰囲気や特徴に似ているのです。

Sの男性とMの女性は父と娘の関係に似ている

さらに、既婚男性と未婚女性がお話ししている姿は、恋人同士というよりも、むしろ仲のいい父と娘の関係を想わせるということにも気がつきました。
わがままを言って甘えたい娘と、そんな娘の相手をしかたなくしてあげている父、というイメージです。


女性のほうは、ときに男性に無茶な要求をしてみたり、ぞんざいな口を利いてみたりします。
けっして相手の男性のことをいいようにこき使っているわけではありません。


自分でもわがままを言っていると自覚した上で放り投げてみて、男性の反応を見ています。
そうすることで、相手との距離感や、男としての度量を測っているのです。


そして、女性は身を任せるに足る相手かを試しながら、安心感という恩恵を得ています。
しかし、実際の父と娘がそんなに仲がよいものとは思われません。
子供の時分ならばまだしも、成人した娘がわがままを言い、父がそれに応えるというのは少し非現実的な感じがします。


たぶん、このSとMの関係に似た疑似的な父娘カップルは、現実にはないフィクションの関係を楽しんでいるのです。
父と娘は恋人の関係に近いとよくいわれますが、血のつながりのない相手で、その恋人的な部分の欲求を満たしているのかもしれません。

「やさしいだけ」の男は女性に安心感を与えられない

そうしたカップルの男性は、まず女性のわがままを正面からは受け止めるようなことはしません。軽くいなしつつも、最終的には聞いてやるという、少々高度なやり方をします。


ただただ相手の言うことを聞いてあげる「やさしい」男性は、女性からは、意のままにコントロールできる男として見くびられてしまいます。


「あなたはやさしいけれど、男として見られない」という、悲しい言葉を突きつけられた経験のある男性も多いのではないでしょうか。
一見理不尽な評価に思えますが、女性の立場になってみれば当然です。


裁量権は男性に握っていてもらいたいのです。
わがままを女性が言っても、「それを聞くも聞かないも判断するのは自分だ」という男性の姿勢が相手に安心感を与えます。


何か物事を判断して行動に移すというのは、一定のエネルギーと責任が伴うからです。
「ただ相手の言うことを聞くだけ」「やさしいだけ」の男性からは、そうしたエネルギーも責任意識も感じられないのです。


裁量権。これこそ、まさに私が見てきたサディストの男性が放つ空気そのものでした。
ただし、裁量権を振るっていい条件は、気配りができること。
気配りをしてくれるからこそ、多少横暴であっても安心して身を任せられるのです。


日本社会において、既婚男性は家庭の世帯主として、「主人」として、頼られることが多いものです。
自然と責任意識を身に着け、頼りがいのある男の雰囲気を放つようになるのかもしれません。既婚男性がモテる理由のひとつは、そこにあるのだと思います。

まとめ

SMというのは、倒錯した性癖のひとつの分野を表す言葉として使われていますが、男女間(あるいは男男間、女女間)以外の人間関係を表す考え方としても、汎用性があるように思います。


Sというのは、実は相手の意思を聞いたり、意を汲んだりという、「応える」立場にある人のことです。


求める人があり、それに応える人がいる。
世の中の人間関係には、少なからずそうした要素があるはずです。


“上下”とか“主従”といった固定した関係ではなく、相手によって、また時と場合によってもその立場が逆転することもあります。


人の求める声を聞き、自分の頭で考え、自身の責任において行動する人が、尊敬や畏敬の対象となり、魅力的な人間となるのです。

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渡辺 悠樹
千葉県出身。現在山形県在住。ライター。地方の観光、農業、食文化の記事を執筆。
慶応義塾大学文学部卒。会員制バー、出版業、食肉卸業、行政職員などを経験。
学生時代は落語と野坂昭如に傾倒。20代は酒とツーリングばかり。震災を機に山形へ移住。
小説に、渡辺麦角『壁向こうのリズム』(いるかネットブックス)https://www.cmoa.jp/title/1101018705/
ホームページ http://bakkaku.me/

Photo by Artem Labunsky on Unsplash

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