亜弥さんは、どう表現していいのか分からない魅力的な人だった。
可愛いけれど格好いい。派手じゃないのに華やかで、何もしていないのに目立っていた。
美人かどうかと聞かれたら返事に困ってしまう。
彼女は美しい女の子だったが、ミスコンテストで優勝するような顔ではなかったし、安室奈美恵のような当時流行りの顔でもなかった。
顔は小さいけれどエラが張っていて四角く、目は二重だが細く切れ長で、薄い唇のアヒル口が特徴的だった。
ありがちな美の基準からは外れていたが、その独特な顔立ちを私は美しいと思ったし、強烈な魅力を放っていたことは確かだった。
168cmの身長は女性としては高い方だが、華奢な体つきのせいか大きく見えない。
なのに、彼女が特別な存在だということは遠目に見てもはっきりと分かった。
私が初めて亜弥さんを見たのは、東京の美術大学に入学して最初に迎えた夏の初め頃のことだ。
大学構内で開催される学生たちによるファッションショーを見に行こうと誘われ、クラスメイトたちとぞろぞろ会場に向かっている最中だった。
彼女が視界に入った瞬間から、その個性的な顔立ちと圧倒的な存在感に目を奪われた。
あの日の亜弥さんはジーンズにグレーのタンクトップ、スニーカーという気取らない服装だったが、白い肌と明るい茶色に染めた長い髪がひどくお洒落に見えた。
「ものすごく可愛い人がいる」
と息を飲んで見つめていたら、彼女は舞台裏へと消えたので、これからショーに出演するモデルの一人だということが分かった。
通っていた美大の中ではしばしばその種の人たちとすれ違った。
決して一般的な美人ではないし、可愛いと言ってもアイドルになるようなタイプではないのだけど、はっと目を引く個性と存在感がある。
学内でそういう人を見かけたら、彼らは例外なく定期的に開催されるファッションショーにモデルとして出演していた。
亜弥さんは私たちと同じ学科の1年先輩だと、一緒にショーを観にいっていたクラスメイトのごっちんが教えてくれた。
浪人上がりで年上のごっちんは亜弥さんと知り合いのようで、ショーの後、会場の外でたむろしていたモデルたちの輪に混ざって親しげに談笑していたが、私は「お洒落な人たち」の華やかさに気後れしてしまい、その様子を遠巻きに眺めていた。
しばらくすると、ごっちんと仲良しの松ちゃんがやってきた。
松ちゃんも同じ学科の1年先輩で、背が低くて不細工なのだが愛嬌のある男の子だ。
眉や鼻にピアスがいくつも開いていて、それがお洒落というよりは不良っぽくて私は苦手だった。
その松ちゃんがモデルたちのグループに親しげに歩み寄り、まだステージ用のメイクを落としていない亜弥さんの頬をつまんで、
「なんだよ、お前。こんな気張ったメイクなんかしちゃって、どうしたの?」
と言ったのだから、驚いたと同時に、亜弥さんに対する馴れ馴れしさに腹が立った。
亜弥さんは松ちゃんみたいなガサツな男が気安く触っていい女の子ではないのだ。
ところが、それまでずっとクールな表情だった亜弥さんは嬉しそうに顔を崩し、松ちゃんと戯れ始めたのだから二重に驚いてしまう。
「何あれ?」
と私が不思議そうに二人を見ていると、一緒にいた友人の真里が
「知らない?亜弥さんは松ちゃんの彼女なんだよ」
と教えてくれ、私は言葉を失った。
「嘘。どうしてあんな可愛い人の彼氏がちんちくりんで変わり者の松ちゃんなの?」
と思わずにいられなかったが、流石に失礼なので口には出さなかった。
ヘラヘラして軟弱そうな松ちゃんは野獣というタイプではなかったため、「美女と野獣」という例えはしっくりこないのだが、とにかく私の目には二人はまるで不釣り合いなカップルに見えた。
その後も私は亜弥さんを見かけるとその姿を目で追わずにはいられなかった。
シンプルな服装でも魅力的だったが、ぎょっとするような奇抜なファッションでも彼女にはよく似合っていて可愛かった。
そして彼女の隣にはいつも松ちゃんがいて、二人は仲良く手を繋いで歩いていた。
松ちゃんが死んだと聞いたのは、その年の冬休み明けだ。
バイク事故だったそうだ。
大学に一番近いガソリンスタンドがある交差点で、トラックと衝突したのだと真里が教えてくれた。
「冬休み中にお葬式があったんだって。亜美さん大泣きして大変だったらしいよ」
あまりのあっけない死に言葉が見つからないまま話を聞いていると、真里は続けてこう言った。
「でもさ、松ちゃんていつ死んでもおかしくないような人だったよね。すっごい病んでたし。」
松ちゃんが病んでいたなんて初耳だった。
確かに眉毛や鼻にいくつもピアスを付けているのがちょっと変だったけれど、彼はいつも明るかったし、友達も多くて、何より素敵な彼女がいたのに病む理由が分からない。
「松ちゃんはヤバかったよ。お調子者に見えて、実は鬱っぽかった。顔はピアスの穴がやたら開いてたけど、体は自分で根性焼きした痕だらけで水玉模様になってたって聞いてるよ。
だからさ、なんか早く死んじゃったのも不思議じゃない気がするんだよね」
そんなことは何も知らなかったので驚いた。
己が変わり者であることを競い合うような美大生の中にあっても、自分の体にタバコを押し付けるハードな自傷癖は流石に異常である。
松ちゃんが死にたがりだったのか、本当は生きたかったのか、私には分からない。
ただ、例え彼が死にたがっていたのだとしても、彼を愛する人々は彼に生きていて欲しかっただろう。
松ちゃんが死んだと聞いてからしばらくして、腰に届くほど長かった髪をばっさり切り落とした亜弥さんを見た。
ぱっつんと切りそろえたショートボブは、彼女に全然似合っていなかった。
けれど、どんなに似合っていなくても彼女は髪を切らなくてはならなかったのだ。
女は髪と一緒にそれまでの時間を切り落とすのだから。
亜弥さんは突然の事故で恋人を失った痛手から立ち直るために、松ちゃんと過ごした時間を切って捨てたのだった。
悲しい冬が過ぎて春が来た頃には、学内の別のデザイン学科に編入した亜弥さんは、もう違う男子学生の自転車の後ろに乗って通学していた。
松ちゃんが死んでからたった数ヶ月で新しい彼氏がいる亜弥さんを、薄情だとは思わなかった。
美しく魅力的な女の子がいつまでも一人で放っておかれるわけはないのだ。
とはいえ、髪を切ったり新しい恋人を作ったくらいのことで、好きだった人を忘れられるはずはない。
一応の区切りはついても、残された人は死者との思い出と死者への思いを胸に生きていくしかないのだろう。
その後も亜弥さんの髪は短かいままだった。
そして、ファッションショーのモデルはやめてしまい、彼女をステージで見ることは二度と無かった。
松ちゃんと亜弥さんのことをふと思い出したのは、26年ぶりに「レオン」を観たからだ。
今でも普及の名作として名高い「レオン」が公開された年に、私は丁度上京したての大学1年生だった。その映画は学生たちの間でカルト的人気を博しており、美大生としても必ず見ておかねばならない作品の一つだったのだ。
正直なところ、若かった私は「レオン」を好きになれなかったし、内容もほとんど頭に残らなかった。
孤独な中年のおっさんが主人公の話には共感のしどころがなかったのだろう。
ところが、改めて鑑賞してみると「レオン」は素晴らしかった。
孤独な殺し屋レオンと家族を失い傷ついた少女マチルダの交流を描いた物語なのだが、現代の倫理観から見れば「不適切」と言わざるを得ない表現が多い。
12歳の少女に人殺しのテクニックを教え、飲酒をさせ、中年男との初体験を求めさせるなんてとんでもないのだが、そのインモラルさを含めて美しく感動的な作品だ。
レオンとマチルダは生活を共にし、互いの人生に関わっていく中で二人は変わっていく。
レオンはマチルダが居ることで生きる意味を見つけ、マチルダはレオンの元で安らぎを見出す。
生きるということは喪失の経験を積むことであり、だからこそ人が生きていくためには他者の存在が必要なのだ。
喪失を重ね傷ついた人の心は他の誰かの心によってしか癒されないし、喪失による孤独の穴も他者の心によってしか埋められないのだから。
大学時代の記憶と結びついた映画を見ることで、私は死んでしまった松ちゃんを思い、亜弥さんの様子を思い出した。
その後の亜弥さんを知らないが、レオンの死後にマチルダがたくましく歩き出したように、髪を短くした亜弥さんもたくましく歩き続けたと信じたい。
あのぱつんと切りそろえた重めのショートボブの髪型は、「レオン」のマチルダにちなんでマチルダ・ボブと呼ばれている。
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画像出典:政府広報オンライン「ローカル列車の旅」
【著者】マダムユキ
ネットウォッチャー。
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