中国キリスト教の布教は「地下教会」から 敬虔な中国人クリスチャンに学んだモテ男方程式

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「汝の隣人を愛せよ」

聖書マタイ伝の有名な言葉である。

自分は性根の腐った人間だが、これでも一応教会通いをしている自称クリスチャン。

であるにも関わらず、この聖句をさっぱり実践できていない。

 

その辺にいるオッサンに、好きな子と同じように愛情を注げるかと言えば、はっきり言って無理だ。

しょせんそんなの理想論、ガチでやってる奴なんているわけない。

……と思いきや、万物に恵みを施す陽光の如く、別け隔てのない愛の心を持つ信徒も事実、存在する。

厳しい宗教統制の中で、自らの信仰を守り続ける中国人クリスチャンの人々である。

 

中国は社会主義を奉じる「宗教はアヘン」のお国柄。

表向き信仰の自由を謳ってはいるが、それは「政治やイデオロギーを踏まえた上で」という但し書きがつく。

例えばキリスト教の場合、「三自愛国教会」なる団体のみが政府公認。

その系統の教会に行くと、入り口なんかに堂々と

「社会主義の核心的価値観を宗教活動の場に取り入れましょう!」

とか書いてある。

当然、真面目なクリスチャンにとって受け入れられるものではなく、大半の敬虔な信徒は地下教会を自らの拠り所としている。

 

そういう場所に通うこと自体は黙認されているが、政治的に敏感なテーマについて牧師が説法を行ったり、派手な社会活動をやれば当局のガサ入れはまず避けられない。

そうでなくても数百人単位で牧師が消えた、なんてことが普通に起こる国。

この地で神を信じることは、決して容易ではない。

 

ところがキリスト教は弾圧の中で世界宗教となった歴史を持つせいか、迫害されればされるほど広まる性質を持っている。

キリストの受難に自らを重ね合わせ、むしろ信仰心が燃え上がる。

ゆえに、この国の信徒たちの本気度はやたらと高い。

 

そんな人々と触れ合う中で、自分はたびたび学び、自省したことがある。

それは仕事や生き方といったことから、本サイトのテーマである俗世の愛、つまり恋愛まで多岐に渡る。

中国という修羅の国にあって、聖者のごとく善良な心を持ったチャイニーズ信徒たち。

果たして彼ら&彼女らが語る、人としてあるべき恋愛の姿とは?

 

偶然、もしくは神のみわざで始まった中国キリスト教ライフ

「ところであなたはいつ救われたの?」

とある集まりの席で、突然こんなことを問われた。

一瞬何のことか分からなかったが、要はいつ信仰に目覚めたのかを聞いているらしかった。

「あ、やっべー俺、救われてたわ」

信じる者は救われる。

不覚にもその時、初めて自分に天国行きが約束されていることに気がついた。

 

筆者がキリスト教の世界に足を踏み入れたきっかけは、そもそも中国留学時代にさかのぼる。

当時、自分のクラスには口語と読み書きで2人の担任がいたのだが、この恩師が揃って信徒だったのだ。

しかも半端な信仰心の持ち主ではなく、聖書に書かれていることは一語一句真実と疑わない人たち。

客観的には全くの偶然、しかしこれもクリスチャン的に言うなら神のみわざということになる。

先生に誘われて地下教会通いを始めたのは、正直言って9割取材目的と興味本位で、そのスタンスは今も変わっていない。

だが、チャイニーズ・キリシタンと交流を深めていく中で、彼らの内に善良な心と無私の愛を見出したことも、未だに聖書を手放せない理由ではある。

 

一般的に、中国人に対する日本人のイメージは悪い。

利己的でがめつく、声がでかい。とにかくマナーを守らない。

ところがひとたび信仰に目覚めた中国人は、人によりけりだが慎み深く、厳しく自らを律する者へと変わる。

 

嘘をつかない、姦淫しない、人のものを盗まない。

酒は飲んでもいいが、酔ってはいけない。

だって、聖書にダメって書いてあるんだものーーといったノリ。

 

こう書くと単純な人たちのように思えてしまうが、むしろ逆だ。

中国では教養がある人ほど信仰に本気で向き合い、バイブルを徹底的に読み込んで聖書絶対の境地にたどり着く。

幸か不幸か、自分が知り合った中国人たちは、ほぼ全員がこの手のガチ勢だった。

ひるがえって己ときたら、エロ業界上がりで趣味はアジアの歓楽街巡り、たまには激カワなオカマちゃんも掘りたい気分、なんていう救いようのない人間である。

そのせいか普通に話しているだけで、埋めがたい観念のギャップを感じることがたびたびあった。

 

日本の中国人教会で知り合ったある若者が、日本は家賃が高くて困ると話していた時のこと。

彼氏がいると聞いていたので、「一緒に住めば安く済むんじゃない?」と何気なく提案すると、

返ってきた言葉は、

「婚前交渉は主がお許しになりません」

 

自分の目の前にいる彼女はそういう信念の人であることを、すっかり忘れていた。

この宗教では、楽しみのためのセックスは罪。自慰も、ポルノも神の命令に背く大罪。

結婚を前提としたお付き合いという言葉があるが、ガチ信徒にとって恋愛とはすべからく

「子孫を残すことを前提としたお付き合い」

ということだ。

セックス無しの恋愛か・・・本当にやってられるのだろうか。

 

他者を愛することが愛されることに繋がる

いやはや何とも面倒な束縛、御免こうむりたいと思う方は絶対多いと思う。

その意見には、ぶっちゃけ自分も同意である。

でも、信徒の皆さんのがんじがらめに見える恋愛観や結婚感に、ある種のストイックさを覚えるもまた事実。

もっと言えば、より高い次元で恋愛というものを捉えているようにも感じられる。

 

人を好きになり、感情が昂ぶる。

親しい友に、特別な思いを抱く。

これらはごく自然な心のはたらきで、何も不思議なことではない。

ところがキリスト教が説く愛とは、そのような本能や心情から発する愛しさを超越したところにある。

人として元より備わっている感情を否定はしないが、本当に大事なのはそこじゃないのよ、といったところだろうか。

 

隣人を、敵をも愛せよ。全ての存在を愛せよ。

 

言葉だけを捉えれば綺麗事もここに極まれりといった感は確かにある。

しかし、自分は知ってしまった。

地上最強の強権国家に生きながら、その教えを本気で実践しようとしている数あまたの敬虔な信徒たちの存在を。

 

万人を等しく愛せるようになるために、自らを律する道を選ぶ。

とてつもない無理ゲーだとは思うが、その思いは決して嘲笑してよいものではない。

正直、前述の彼のような生き方を自分は到底、真似できない。

 

でも、チャイニーズ信徒の兄弟姉妹たちから学んだ、好き嫌いを越えて誰彼構わず等しく接する心だけは、今も大事に守っている。

見知らぬオヤジやおばちゃんを愛したりはできないが、接点を持つ時に常に優しさを忘れないことなら、やってできなくはない。

 

自分は中途半端な信徒ゆえ、その姿をきっと主は見ておられる、とは思わない。

だが、周囲の人は間違いなく見ている。

好きな異性、仲のいい友達にだけいい顔をする人が持ち得ない人間的魅力に、きっと気づくはずだと信じている。

 

人を愛するのは簡単ではなく、まして不特定多数が相手となれば、なおのこと難しい。

しかし最もハードルが高いのは、他者から愛される者になること。

見知らぬ人に自然体で優しく接し、いくばくかの愛情すら注げるようになった時、人々が貴方に持つ印象は間違いなく変わるはずだ。

 

ちなみに余談。

日本の教会はどうだか知らないが、中華系ではどこでも圧倒的に男が少ない。

男女比率は、よくて2:8といったところだろうか。

クリスチャンの世界ではガチ勢になればなるほど、結婚対象は同じ信仰を持つ者に限られる。

 

事実、自分のようなおっさんですら、初対面のシスターにいきなり見合い話を持ちかけられたことがあるほどの男不足である。

ゆえに地下教会通いをする度、いつも思う。

これって、よりどりみどりでは、あるまいか。

 

不謹慎を承知で言うと、説法を聞きながらあの子はあり、あの子もいける、向こうのお姉さんは……ギリギリアウト! 

なんてことをつい考えてしまう自分がいる。

 

冒頭で筆者は救われている、自分に天国行きが約束されているとか書いたが、ここで訂正しておかねばなるまい。

おそらく自分は、死後地獄に落ちるだろう。

 


画像:政府広報「DV・児童虐待はすぐに相談を

 

【著者】神坂縁

ライター、編集者、翻訳者。

週刊誌記者を経て某中堅出版社に入社。

雑誌の製作に携わっていたが、十数年勤めた会社で内紛が起こったことを機に退職&日本脱出を決意。

現在は国外の通信社に勤務し、アジアの政治・経済に関するライティングを本業としている。


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