現実から逃げる男の25年後〜風と共に去りぬ〜

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「この冴えないおっさんは私の知っている智樹くんではない」


と、いう以外の感想が思いつかない。


スマホ画面に写っている、お金も才能も仕事もなさそうなふやけた顔つきの中年ジャズミュージシャンは、学生時代に比類なきモテ男だった智樹くんと同姓同名だった。


「これは違うんじゃない?あの智樹くんがこんな冴えないおっさんになってるとしたらびっくりよ。」


と、友人に返すと、


「いやいや、この冴えないおっさんが智樹くんでしょ。目が全然変わってない」


と、彼女は断言する。


そう強く言われると、この貧相なミュージシャンが智樹くんに見えてくる。
そもそも私は智樹くんの「印象」を覚えているだけで、顔ははっきり覚えていないのだ。


覚えているのは、同じクラスの男女が集まった飲み会の席で、「またその話かよ」と彼がうんざりした口調で私に放った一言だ。


私はそのとき智樹くんと話していたのではない。すでに私に対して冷淡になっていた彼からは少し離れた席で、別の男の子を相手に映画「風と共に去りぬ」について熱弁をふるっていたのだが、どうやらそれが耳に届いたらしい。


智樹くんが私を見下げる目と声音の容赦のなさに傷ついて、私は口を閉ざした。


実を言うと私はその映画が好きなわけでもなければ、最初から最後まで通して見たこともなかった。
にも関わらず、その当時好きだった作家のエッセイに影響を受け、本に書かれていたことをさも自分の見識であるかのように喋り散らしていたのだ。


なおかつ智樹くんがまだ私に優しかった頃に、浪人上がりだった年上の彼に負けじと教養あるふりをしようとしてそっくりそのまま同じ話をしていたのだから、「馬鹿の一つ覚えだな」と呆れられても仕方がなかった。


智樹くんは魅力的な男の子だった。背が低く、痩せた体はどこもかしこも薄く頼りないものの、垢抜けたファッションといかにも美大生といった繊細そうな雰囲気がかっこよかった。


女の子に優しく愛嬌があったため、同じデザイン科の女の子たちはみんな智樹くんが好きだったのではないだろうか。彼が一人ずつ順番に敵に回していく前は。


私は大学入学直後、3ヶ月もしないうちに智樹くんの表面的な優しさに引っかかり、早々に見向きもされなくなった女の子の一人だった。


智樹くんがちょっと特別に優しくすると、女の子たちはみんな「彼は私に気があるんだ」と思い込んでしまう。


そして、女の子が自分に心を寄せたことが分かると、もうその子は彼にとって用済みだった。
女の子たちからの好意や恋心をかすめとるまでが彼にとって楽しいゲームだったのだろう。


彼はクラスのちょっと可愛い女の子たちの心を面白いように手に入れたので、彼が一人の女の子に集中する期間は押し並べて短かった。


女の子たちは智樹くんの甘い囁きに胸ときめかせ、「私達これから付き合うことになるのかな」と予感した翌日に、一瞥もくれなくなった態度の変化に傷つき戸惑うことになる。


けれど、別の女の子と見つめ合う姿を目の前で見せつけられても、智樹くんを好きになった女の子たちは何も言えなかった。


智樹くんはただ女の子たちに優しく接してその気にさせたに過ぎず、深い関係を持たなかったし、何の約束もしなかったのだから。


智樹くんが最早自分の相手をしようとせず、次の女の子に興味を移したと知った女の子は悲しむが、更に次の次の女の子といちゃついている姿を見る頃には「こいつはクズだ」と悟っていった。


「智樹くんは間違いなくアシュレタイプね」


私が「風と共に去りぬ」の映画を引き合いに出して彼のキャラクターを得意げに断じ、「いや、違う。俺はアシュレみたいな男じゃない」と、彼の不興を買ってしまってから25年が過ぎた。


原作の小説も映画もすでに著作権が切れているため、最近になって人気作家による新訳が改めて出版されたり、映画も動画サイトで無料で見ることができる。


お気に入りの作家が書いた新訳小説を手に取る前に、いい機会なので物語のあらすじをおさらいしておこうと、前後編合わせて4時間半にも及ぶ大作を一気に見てみることにした。


映画が画面に流れるその間、私は笑い、胸を打たれ、涙をこぼし、新しい発見に驚きっぱなしだった。
現代でも物語そのものの魅力と俳優たちの魅力が色褪せていないのは驚くべきことだ。


しかし、それ以上に私にとって新鮮な驚きだったのは、主人公であるスカーレットと、彼女が恋した男アシュレに、彼女に恋した男レット、アシュレの妻であり何もかもがスカーレットとは正反対であるメラニーの4人が、子供だった私が記憶していたそれぞれの印象と全く違って見えたことだ。


私が小学生の頃家にあったソフトで映画を断片的に見た記憶では、スカーレットはとんでもなく利己的で「嫌な女」を具現化したような存在だったが、改めて観てみるとそうではなかった。


そもそも物語の始まりではたった16歳なのだ。甘やかされて育ったのでは自惚れ屋で我が儘だなんて当たり前のことだろう。
そんなお嬢様育ちのスカーレットが、戦争で荒廃した故郷の荒れ果てた畑で痩せた大根をかじり、嗚咽しながらも


「神よ、私はこの試練に負けません。例えこの先嘘をつき、盗みをし、人を殺そうとも、二度と家族にひもじい思いはさせません。神よ、誓います。私は二度と飢えに泣きません!」


と、神に呼びかけつつ自分自身に誓うのだ。


財産を失い、支えだった母親は死に、父親は発狂しており、残った使用人も姉妹も親戚も頼りにならない。絶望的な状況のただ中で、何があろうと家族を守り生き抜こうと決意した時にも、彼女はまだ二十歳になるかならないかの若い娘だった。それなのになんという凄まじさだろうか。


恋に翻弄されたように思える彼女の人生において、実は優先順位のトップはアシュレへの恋心ではなかった。
彼女の呪縛は「土地を守り、身内を食わせる」という責務だったとしたら、全く利己的ではないじゃないか。


そして、スカーレットの対比として「優しく、弱い」と思われていたメラニーもまた、スカーレットとはタイプが違うだけで強かな女だった。


「天使のような人」と評判で、一見なよやかな女性のように見えるが、暴漢を撃ち殺したスカーレットを「よくやったわ」と褒め、死体のポケットや鞄から金品を奪うことをすかさず提案する。
家族を守るためであればしゃあしゃあと嘘もつくし、堂々と一芝居打つ。一体この女のどこが純真で弱っちいのだろうか。


特に「ん?」と感じたのが、アシュレを手放すまいと画策するスカーレットに味方して、夫にスカーレットの下で働くのを勧めたことと、死の床でスカーレットを呼び、「約束してちょうだい」と真っ先に頼んだのが息子の世話と大学進学だったことだ。


私はこの最後の場面で気が付いた。メラニーもまた、過酷な戦争を生き抜いた女の一人だったということに。
夫は不在、親類縁者はとっくに逃げ出した砲火の中、たった一人身重の自分を見捨てず子供を取り上げ、その後も自分たち母子を食わせて面倒を見たのはスカーレットだった。


ならばメラニーが「この人についていこう」と心に決め、生きていく上で頼みにしていたのは夫ではなくスカーレットではなかったか。
アシュレは貴族のように生活していけるのであればこの上なく優雅で魅力的な男だけれど、たくましさが求められる激動の時代に生き抜くには不適格だとメラニーは見抜いていたに違いない。


メラニーを亡くして腑抜けになったアシュレに接して、スカーレットはやっとアシュレの正体に気がつくのだが遅すぎた。


彼は昔も今も現実から逃げ続ける男であり、曖昧な言葉と態度で延々とスカーレットに気を持たせながら、実は彼女のことなど全く愛していなかったし、メラニーのことさえ本当に愛していたかどうか怪しい。
彼が真に愛するものは、本や音楽。彼だけの世界だったのだから。


「智樹くんは間違いなくアシュレタイプね」


なんだ、私は智樹くんの本性を正しく言い当てていたのだ。


「風と共に去りぬ」はクラシック文学でありながら、物語の魅力は時を経ても一向に目減りしない。貴族的で優雅だけれど生きる力のない美しい男アシュレ、時流を読む才に長け憎らしいが憎めない実業家レット、女という生き物のエッセンスを全て詰め込んでから二つに分けたようなメラニーとスカーレット。


4人を中心に描かれる戦争に翻弄される人々の暮らしと受け入れざるを得ない時代の変化。
1世紀半もの昔に生きた異国の人々の物語が今も胸に迫るのは、人間がやることと人間の本質は、洋の東西にかかわらず昔も今も変わりがないからだろう。


学生時代には甘ったるいカルアミルクを舐めていた私と友人は、日本酒バーで昔話に興じながら智樹くんの名前をネットで検索し、探し当てた姿に失望と納得を味わいながらキリッと辛い純米酒を口に運んだ。


哲学的なポエムを語るばかりで現実を見ようとしない男が女の目にかっこよく素敵に映るのは、女自身がまだ現実を知らない間までなのだ。


Author:マダムユキ
ネットウォッチャー。月間PV30万のブログ「Flat 9 〜マダムユキの部屋」管理人。
リンク:http://flat9.blog.jp/

<Photo:Bailey Zindel


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